リスニングメモ 極上の質量の声、哀愁の一円
作詞:岩谷時子、作曲:弾厚作。加山雄三のシングル『夜空を仰いで』(1966)に収録されたB面曲。アルバム『加山雄三のすべて 第二集』(1967)に収録。
ハードボイルドというのか西部劇っぽいというのか、私の知見も言葉も足りないのでうまく表現できませんが、「さすらう者」を映したフィルム、ロードムービーのような孤独と哀愁を感じる曲調です。
加山雄三のハーモニーが極上で、声の質量感は大衆音楽の王様然としています。ユニゾンするところもあれば、歌詞のままハーモニーするところもあって、同じパートをダブリングしたサウンドになる瞬間と、ハーモニーになる瞬間を行ったり来たり。
Dマイナーキーですが、Bメロ(?)で平行調のFメージャーになります。ここでメインボーカルがハーモニーから解き放たれ、単一の線になり、バックグラウンドボーカルがオブリガードっぽくなります。あまり「バックグラウンドボーカル」と、奥まった役割を思わせる呼び方もこの楽曲のこの音源ではふさわしくないかもしれません。シンプルな編成ゆえに、加山雄三の声の存在感がそのまま楽曲の印象の大部分を占めます。
アコースティックギターが、金属弦のパートとナイロン系の弦のパートの両方がいるでしょうか? 軽くて品のあるニュアンスでシャラシャラとストラミングするパートと、ポロリポロリとつまびき、アルペジオの糸を頭上に降らせるパートを感じます。
ベースはアコースティック・ベースでしょうか。太く余韻の深い音です。ドラムスがいないので、拍動するポイントをつかさどるのはこのベースパート。
歌詞 ゆらぐリズムのリフレイン
“風にふるえる 緑の草原 たどる瞳かがやく 若き旅人よ おききはるかな 空に鐘がなる 遠いふるさとにいる 母の歌に似て やがて冬がつめたい 雪をはこぶだろう 君の若い足あと 胸に燃える恋も 埋めて 草は 枯れても いのち 果てるまで 君よ 夢をこころに 若き旅人よ”(『旅人よ』より、作詞:岩谷時子)
岩谷時子さんのお手本のような作詞です。ぜひ声に出して朗読したいですね。歌詞なのですが、詩としても読める感じがします。
かぜにふるえる=7、みどりのそうげん=8、たどるひとみかがやく=10、わかきたびびとよ=8。
至ってきれいなのに、7・5調のようなリズムではない、不定形のゆらめくリズムに個性があります。ゆらめくのですが、次のブロックではこの7・8・10・8の不定の組み合わせを踏襲する秩序があります。おききはるかな=7、そらにかねがなる=8、とおいふるさとにいる=10、ははのうたににて=8。
どうでしょう、きちんと同じリズムの組み合わせ・順序を、ふたつの隣り合うブロックで再現しています。詩のようにも読めると書きましたが、やはり音楽をつけるために用いられる言語表現=歌詞であることを意識して書かれているのを思います。非常に職人的で丁寧な所作です。
やがてふゆがつめたい=10、ゆきをはこぶだろう=9。きみのわかいあしあと=10、むねにもえるこいも=9、うずめて=4。このブロックは10・9の組み合わせを反復していますね。おしりに「うずめて=4」の尾ひれがつきます。
くさはかれても=7、いのちはてるまで=8、きみよゆめをこころに=10、わかきたびびとよ=8。冒頭のブロックと同一の組み合わせをきれいに再現します。
2コーラス目も1コーラス目と完璧に同じ字脚の組み合わせと順序を再現しています。
言葉のあがり・さがり、抑揚に注目してふたつのコーラスで対応する部分を比べてみます。1コーラス目「風に・ふるえる」、2コーラス目「赤い・雲ゆく」。風に=赤い。ふるえる=雲ゆく。言葉だけを読んだとき、完璧に同じにはなりませんが、致命的な齟齬が生じるようなことはない範囲で、響きにゆらぎがあります。
緑の草原=夕陽の草原。「みどりの」と「ゆうひの」の抑揚はちょっと違いますね。音楽にはめるとき、なにもかもが「言葉だけで発声するとき通りの抑揚をトレースする」必要は、当然ありません。これを適度に破る塩梅がむしろ有効そうです。ここでは、1コーラス目「みどりの」のメロディを尊重するのに、2コーラス目の「ゆうひの」がわずかに譲歩している印象を受けます。まずは、1コーラス目を尊重して言葉を決め、2コーラス目は縛りをやや緩めてバリエーションを出すのが柔軟なソングライティングの秘訣かもしれません。
ちなみに、加山さん(筆名:弾厚作)作曲で岩谷さん作詞の作品は、2022年8月にリリースされた『海が男にしてくれた』より前の151曲はすべて曲先(先に曲を書き、それに詞をつける)だそうで、岩谷さんがご逝去されたあとで、遺された詩に加山さんが作曲をほどこした『海が男にしてくれた』が、お二人の作品において初の詞先の作品だそうです(参考:音楽ナタリー>加山雄三、岩谷時子×弾厚作コンビのラストソング「海が男にしてくれた」発表)。
なるほど、メロディ……つまり言葉をあてる場所の条件が確定しており、そこに言葉をつけたゆえにこの詞の味わいがあるのだと、後から知った情報で納得するのはゲンキンな気もしますが、岩谷時子・弾厚作(加山雄三さんの筆名)作品の性格を決定づける手法の特徴なのだと合点がいきます。
このように岩谷さん・加山さん作品の分析が作詞作曲の甚大な参考になることを私は確かに認めます。やりっぱなしになってしまいますが、『旅人よ』のすべての部分について、あるいは『旅人よ』以外のあらゆる加山さん・岩谷さんによる傑作・名作の数々、あなたも学習や研究など、たしなみの題材にしてみてください。
こちらはおふたりにおける唯一の詞先作品『海が男にしてくれた』。『サライ』などを思い出させる雄大なスケール感で、なおかつと一抹の寂しさ・ほろ苦さを同居させたような、清涼感ほとばしる儚く美しい楽曲です。
青沼詩郎
『旅人よ』を収録したアルバム『加山雄三のすべて 第二集』(1967)
『旅人よ』を収録した『加山雄三 グレイテスト・ヒッツ ~アビーロード・スタジオ・マスタリング』(オリジナル発売:2001年のものを、加山雄三デビュー50周年企画アルバムとしてマスタリングした2010年のもの)(参考タワーレコードサイトへのリンク)
ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『旅人よ(加山雄三の曲)ギター弾き語り』)