リスニングメモ 発語の土壌
音楽をことばのように感じられることがあるのですが、決定的になにかちがう語源の流れをくむところから発せられているような気がするのはこのアルバムが海外で海外のミュージシャンとおこなわれたという作品の外側の情報を私が間にうけすぎなのでしょうか。
非常にファンキーです。ロック・ミュージックの典型のようなシンプルな下地のうえをゆく音楽だと思って間違いはないとは思うのですが、ニュアンスが非常に細かいです。
ベースとドラムスが16分割の独特の発語感をまといます。普通にイーブンに1拍を4分割しただけでこうなるのでしょうか? かといってひどく訛った感じでもありません。ハイハットも変速的にアクセントをつけたりニュアンスを変えたりします。手技豊かです。
ピアノも踊り出すように華があります。16分割のいきいきとした感じはこのパートによるところも大きいのかもしれません。ソロ(リード)プレイも目を引く重要な役どころです。ブラスが合いの手して楽しげな雰囲気、華やかさをプラス。この楽曲では名脇役的ポジションです。
何より鈴木茂の代名詞(?)エレキギターのニュアンス。ストラトキャスター使いだといいますがそのニュアンスをひしひしと感じる鋭く分離がよく、向こうがわが透けてみえそうな視界の良さと繊細に変化するニュアンスを表現する解像度があります。実音がひっくり返っていつのまにか裏声と一緒になっているみたいな倍音の出方を感じさせる、これこそストラトキャスターだよと手を打って喜びたくなるトーンです。これに加えて、採ったのはボトルネック奏法でしょうか。音程をぬるぬると無段階に変化させることのできる奏法で、これがストラトのニュアンスに富むポテンシャルを無限に増幅します。日本のギターの神様をあげるならそのひとりは鈴木茂さんで間違いないと挙げ唱えたいところです。同意してくれる人はきっと多いはず。
歌詞が松本隆さんによるもので、いかにも彼らしい絶妙な言葉の遊びと引っ掛かりと奥行きがあり、音楽の呈する独特の発語感と相まって楽曲を極めてアーティスティックでなおかつ娯楽として聴けるエンターテイメント作品である面としての質量も担保しており今この瞬間に鑑賞しても朽ちるばかりか色艶を増す輝きを感じさせます。
歌詞 うなじに声量
“白茶けた陽射し浴びて揺れるおまえの胸が 50マイルも遠くに見える”(『八月の匂い』より、作詞:松本隆)
遠い存在というのは手の届かない高嶺の花のような存在を思わせもします。それが「50マイルも」といいます。キロやメートルなど日本で生活する私の親しむ単位でないところがすでに私にとっての「遠さ」の印象を増長してみせます。何が遠いのかといえば“白茶けた陽射し浴びて揺れるおまえの胸が”。白いのでも茶色いのでもなく、白茶けた陽射し。これは、ギラっと真上から注ぐ正午ちかくの太陽なら白っぽいという表現があう気がしますし、茶色ときくと、もう少し時間が立っているが夕方というには言い過ぎるくらいの時間帯、それにちょっとした雲のニュアンスや異国っぽい気象条件が加わったような独特の空模様を想像させるのですが、それらをあわせたような“白茶けた”なわけです。なんでしょう、時間でいったら午後二時くらいでしょうかね、時間を特定するのも野暮かもしれません。とくかくそんな気象を背景に演出のちからを得つつ、“おまえの胸”が揺れるわけです。このヴァースと音楽の重ね合わせにもう私はやられてしまっている。
“手垢のついた客車に身をゆだねて座れば ぶつかる膝の交流電気”(『八月の匂い』より、作詞:松本隆)
不意に対象とからだの一部がふれてしまうことを劇や物語の演出にとりいれるのは王道と思うのはアニメやドラマの見過ぎかもしれませんが、その接触点の周辺を“交流電気”ということばで表現した似たものが他にあったでしょうか。これにまた私の感性が興奮して発光してしまう気分です。
鈴木茂の歌唱が、またストラトキャスターみたいでニュアンスに富み、鋭い。
“「空しいね」おまえの「淋しいね」うなじに「哀しいね」ひとすじ「空しいね」流れる「淋しいね」冷や汗”(『八月の匂い』より、作詞:松本隆)
これはまたどういうプロセスで書かれたラインでしょうか、コーラスの部分です。鈴木茂さんの歌唱のオーヴァーダビングによるものでしょうか、パートを分けて声でかけあいます。先に出るほうのパートがファルセットっぽい繊細なニュアンスで、あとからくるほう(メインボーカル)が実声で応えます。しめくくる“冷や汗”でコーラスをしめくくり、長めの音価でハイトーンするボーカルがシンプルなモチーフの組み合わせにしっかり豪勢な賞味感を与えています。
“冷や汗”をかくのはたじろぐ主人公のほうにやらせる役としても面白そうですが、“おまえ”のほうが冷や汗の持ち主であると思うと……どんなシチュエーションなのか想像がおもむきます。ちょっと茶目っ気をだしたりしゃれっけを出したりしたような、コミカルなシチュエーションをあてはめて想像しても味わいが奥行きを得ます。いつもながら松本隆さんの歌詞の妙味にはうなるばかりですし、鈴木茂さんの呈する音楽とかけあわさってまた見事なものです。うだる暑さの八月も、これがあるだけですこしひんやりする気分です。
青沼詩郎
『八月の匂い』を収録した鈴木茂のアルバム『BAND WAGON』(1975)
ご笑覧ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『八月の匂い(鈴木茂の曲)ギター弾き語りとハーモニカ』)