作詞・作曲:吉田拓郎。編曲:松任谷正隆。吉田拓郎のシングル(1975)。

“きらいになっちまったのかョ”……あぁ、ちょっと待って!と、歌詞の展開にニヤリとします。夏の恋でしょうか、青っぽく若々しくはじけるような愛嬌いっぱい。

右から左からかちゃかちゃミョンミョンとかわいらしい音がいっぱい聴こえてきます。複弦の印象的な音はマンドリンでしょうか。右のほうからは蛇腹楽器の音が風流です。アコーディオンでしょうか。

ギターはチャカッチャカッとひょうきんにタイトなカッティング。ベースは1・3拍目を重く、おどろかすような茶目っ気でアクセントしていきます。

ちゃかちゃかしたウワモノもあり、ドラムスはシンプルです。描き込みを絞って実直な演奏。奔放に、楽しくなってふわふわ浮いて行って空中分解してしまいそうなウワモノをまとめる唯一の理性といった様相。

吉田拓郎さんの、上のほうまで澄んだ美声できかせる歌唱も魅せます。絶唱といった感じで叫ぶ歌から、風がふいたら消えてしまいそうな恋の歌まで、幅の広い表現にさまざまなレパートリーを味わうほどに感服を深めるばかり。

編曲が松任谷正隆さん……なるほど、右に左に位置して恋にちゃちゃを入れるみたいな楽しいウワモノ一式、彼の演奏です。ぱつんぱつんとはじけるバンジョーのリズム。かわいらしいリードを奏でるマンドリンはフラットマンドリンというものだそう。ボディの裏っかわ、演奏者の体と密着する側が平らになっていて演奏しやすいもののことを指します(参考Wikipedia)。

図:イントロ付近のマンドリンのメロディとコードの採譜例。2拍子系に感じますがどうでしょう。可愛らしい曲調である反面、1小節を÷2÷2÷3した、意外と複雑なディヴィジョンのビートに思えます。シャッフル感。
図:÷2÷2÷3のイメージ。分母の音価は適当。

ピアノの種類までは未確認ですが、音はアップライト型のような身軽なサウンドに感じます。エレクトリックピアノも入っているようです。蛇腹楽器はアコーディオンで正解ですね。多彩です。

全体でサウンドのバランスがとれつつ、自ら各パートを演奏できる。自ら演奏できるからこそ全体のバランスを掌握しながら演奏(表現)を抽出できるともいえます。なんでもひとりでやらないほうが……つまり、然るべきプロの手を借りる方が世の中に広まりをもたらすコンテンツになる……という観点もあるかもしれませんが、いちマルチプレイヤーとしてコンパクトに手広いパフォーマンスを発揮し、アレンジャーとしての仕事と一体になっているところは理にかなっており、なおさら敬服するところです。

肉体の艶めき

“はじめて知った口紅の味 僕の胸は はりさけそう”

“長い髪は 夜露にぬれて 蒼い月がかわいい女(ひと)のエクボの上でゆれてるよ”

“となりの町のお嬢さんに 僕は心も 捧げたい 忘れることは出来ないよ 白い胸で 眠りたい”

“夜風が君のうなじをみせる おもわず僕はかわいい女(ひと)の くびれた腰を抱きしめる”

(『となりの町のお嬢さん』より、作詞:吉田拓郎)

カチャカチャと愛嬌がありにぎやかな印象の音楽ですが、これも広い吉田拓郎さんレパートリーの一片。「かわいい」だけでほっとかず、吉田さんらしさといいますか、色っぽい・艶っぽい映像を喚起する、肉体を示す言葉やそれらを欲する情感がたくさんちりばめられています。

3コーラス目ではオチをつけて失恋。夏……「熱」を象徴する季節は終わり、過去のものとしてかえりみているようです。

かわいらしく楽しい音楽は、過ぎ去った恋を明るく笑い飛ばすようで、そこがまたほろ苦さを際立たせて憎い……ほっとけない魅力を放っています。主人公にとっても、「となりの町のお嬢さん」は、ほっとけない存在だったのだろうと思います。

「君」「かわいい女(ひと)」「となりの町のお嬢さん」と、さまざまな表現で、意中(だった)相手のことを言い換えているのもこの楽曲の特徴です。たったひとつの言いたいことだったり、執着してしまうモチーフや主題だったり、言葉でいいきれない複雑な感情や心境だったりを、あらゆる語彙を組み立てていかに言い尽くすか、いかに抽出して本質を鋭く突くかが作詞をする上でも鑑賞するうえでも醍醐味だと思います。

吉田拓郎さんらしく文字の量(かさ)もある程度しっかりあり、すらすらとラインを消化していくスタイルとしてもさまざまな「言い換え」は相性のよい手法だと思えます。真似が極めてむずかしいレベルでおぞましい文字数を緩急つけてたたみかけるレパートリーも多い吉田拓郎さんの作品の中では『となりの町のお嬢さん』は一緒に口ずさめる部類の秀作だと思います。こういう人懐っこさや人情味の漂う唄は、例えばかまやつひろしさんと一緒に歌ったらいいな、見てみたいなと思います。みんな最後は、遠くに行っちゃうんですよね。向こう岸行きの切符は、すべての人が平等に持っているのです。

いつか帰ると知ってるさ 切符を二枚買っちまえばいい 二人で恋の汽車ポッポ

(『となりの町のお嬢さん』より、作詞:吉田拓郎)

帰る先は、あちらから見れば「向こう」でありこちらから見ればあちらが「向こう」。最後に行き着く先が、帰り先なのか。

青沼詩郎

参考Wikipedia>ONLY YOU (吉田拓郎のアルバム)

参考Wikipedia>となりの町のお嬢さん

吉田拓郎 エイベックス 公式サイトへのリンク

参考歌詞サイト 歌ネット>となりの町のお嬢さん

『となりの町のお嬢さん』を収録した吉田拓郎のベストアルバム『ONLY YOU 〜since coming For Life〜』(1981)

ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『となりの町のお嬢さん(吉田拓郎の曲)ギター弾き語りとハーモニカ』)