まえがき らもさんとケンヂさんとせんべろ
せんべろとはちいさな幸せのことだと思う。ちいさな、というか、日常で、背伸びせずに出会える幸福。幸せとか幸福って何かといえば、恩恵とか気持ちよさとか満たされる感覚。癒しや楽しみ。そういった観念の集合、合わせ汁だと思う。
せんべろは千円でベロベロに酔っ払うというおこないのことをいう。そういう趣向自体のことでもある。レジャーであり、神聖なお祈りともいえる。千円というルールを課して、その制約で楽しく美味しく飲んで満足を得ることだ。厳密に千円である必要もない。だいたいでいい。ざっくりしている。ゆるい観念だ。
これを初めに言い始めたのは中島らもさん達だという。いや、補足しておこう。たぶん、らもさん(愛称で失礼します)達が「せんべろ」の取材を始める前からあった言葉だ(どこに「せんべろ」という語句があったのかその範囲はわからない。もともとらもさん達が生み出して、彼らの身の周りにあった、ということなのかもしれない)。でも、中島らもさんと数人の編集関係の方々が実踏したのをもとに生まれた『“せんべろ”探偵が行く 中島らも酔いどれ紀行』(2003年、文芸春秋)をきっかけに、全国区に広まった言葉だと思って良さそうだ(参考Wikipedia>せんべろ)。
中島らもさんが気になって検索していたらこんな動画があった。中島らもさんと大槻ケンヂさんがトーク。舞台にみえる“LOFT PLUS ONE”の文字で会場がわかる。中島らもさんの独特の間が大槻ケンヂさんをほんろうする。どうにかこうにかはじまったセッションは大槻ケンヂさんの楽曲『あのさぁ』。急にらもさんが提案したらしいが……練習しないとダメである……が、曲がいい。大槻ケンヂさんの歌、別にもう一人いるギタリストの伴奏と賢明なフォローがいい。温かさいっぱいのステージだ。演奏とは、ライブとは……考えさせる。らもさんは至極酔っ払って見える。千円でここまで酔っ払えるかは謎である。せんべろというか、べろべろだ。へべれけである。
大槻ケンヂ『あのさぁ』を聴く
優しい曲です。「あのさぁ」のリフレインが印象的。だんだんと音形の天井を上げていくボーカルメロディが美しい。胸にある愛情そのまま。日常の行き帰りの電車でとりとめのない話題を切り出すようなカジュアルさ。ひたすらにシンプルで「私服」な思いやりを感じます。
ワイドなギターの響きがきらびやか。イントロを印象づけるのは12弦ギターでしょうか。間奏は低い音域のギターソロがまたやさしい。ちょっと大黒摩季さんの『ら・ら・ら』を思い出させるモチーフです。ドラムスとベースもシンプルですが適確で上手い。エレクトリックピアノっぽいトーンがふわふわと……8を刻みつつダウンビートを強調しているのもエレピトーンでしょうか。メロトロンっぽい汚しや加工の入った感じのちょっとクセのあるストリングス風のトーンが合いの手し、なつかしさを添えます。エンディングはふわっとして、「タタンッ」と電車が枕木を踏み越えるような感じの何かの音が効果を添えます。主人公と相手が一緒になる未来なのかどうなのかはわかりませんが、未来が向こうにずっと続いていくような余韻を演出。ひたすらに優しい、素直な歌です。らもさんが酔っ払いながらやると提案するのも分かる気がします。応じるオーケンさん(愛称で失礼します)もまた優しい。曲の外側の話を含めて語ってしまい、重ねて失礼しました。いい曲だなぁ。
青沼詩郎
『あのさぁ』を収録した大槻ケンヂのアルバム『I STAND HERE FOR YOU』(オリジナル発売年:1995)
『せんべろ探偵が行く』(単行本発売:2003年、著:中島らも、小堀純。文庫版:2011年)
ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『あのさぁ(大槻ケンヂの曲)ギター弾き語りとハーモニカ』)