冬のスタイル
“犬は喜び 庭駈けまわり、 猫は火燵で丸くなる。”(童謡(文部省唱歌)『雪』より、作詞:武笠三)
童謡『雪』で私が先に思い出すフレーズは、1番でなく2番の歌詞でした。犬は雪で興奮するのでしょうか。幼児や低学年の児童も雪で喜ぶ人がいる気がしますが、豪雪地帯出身の子供ですとそう喜ぶものだろうか?とも思います。そんなに雪深くない都市部に住む・育つ少年少女だったら、雪が珍しいから喜びもするのかなと思います。
「火燵で寝ると風邪をひく」は「風が吹くと桶屋が儲かる」くらい常套句のように何度も聞いたことのあるフレーズに思えます。火燵がある家って(冬になると火燵を出す家って)どれくらいあるのでしょう。家族がメインで食事につかうなどする生活スペースを「リビング」と呼ぶようになってからというもの、火燵が日本の一般的な住宅のスタイルと合わなくなっている住宅事情を思います。もちろん、ふだんリビングにでかいテレビを置いて、そのテレビの前にローテーブルが置いてあるとかする家庭であれば、冬はそのローテーブルを仕舞って火燵と入れ替えるといった様式もマッチするのかもしれません。
掘り火燵(掘り炬燵)なんてものもあって、そもそも家の床の形状が足を下ろす分掘り下げた形状になっている設えもあるでしょう。あれはそのスペースを火燵に特化した形状にあらかじめしてしまっているからして、火燵の扱いの優先度を極めて高くした・尊重した住宅スタイルに思えます。夏は火燵の「ふとん」部分を仕舞ってしまえば問題なく1年中使えるのかなとも思います。
年越しそばを食べてみかんとお茶で時間を埋めながら紅白歌合戦を観るなんて家族の過ごし方を受容し育むのが火燵かななんて思います。飼っている家であれば、そこに猫もいたりするのでしょう。そういうときでも犬は外なのかな。自分がどちらかになるなら猫が良いな、外は嫌だな寒いなと思います。
もちろん室内犬も世には数多いるでしょう。犬を外で飼うスペースがそもそもないというのも近代の住宅スタイルのあるあるな気もします。古くからある童謡にはそういう、前時代の生活スタイル、あるいは去し時代の生活スタイルに特化した住宅や家庭やその暮らしの有様や設えや小道具や景色が映り込むものがあります。風流なものです。
童謡『雪』の概要など
作詞:武笠三、作曲:不詳。文部省唱歌、童謡として知られる。『尋常小学唱歌(二)』(1911)に掲載。
タンポポ児童合唱団の雪を聴く
イントロをリードするのはオーボエでしょうか。ストリングスの上行音形が空高く雪がやってくる雲の上を想像させます。雪の野原が空の上にもあるみたいですね。
はつらつと爽やかに、確かに歌う児童合唱がお手本のようで素晴らしい。チラチラと左のほうからグロッケンシュピールが聴こえてきます。かわいらしく軽快な動きを表現した歌メロディをトレースしています。身軽な児童性、冬の自然現象に心を踊らせる子供の心をよく映しとった演奏とアレンジメントです。
エンデイングで聴く人を惹きつけるようなタメがあり、オチまでばっちりです。ほぼ1分の曲のサイズに対して豪勢なオーケストラの編成です。編曲は鈴木憲夫さんによるものと思われます。
太田裕美の雪を聴く
主和音と減三和音の交替はちりつく寒さや緊張感の表現でしょうか。印象的です。弦楽四重奏っぽく、それぞれの演奏の線が独立して感じられる、各パートの質感がそれぞれにわかるような楽器の豊かな響きをプレーンに味わえるアレンジが妙です。太田裕美さんのすっと通って凛として愛嬌のある声との相性もばっちりですね。木琴……はマリンバでしょうか、こちらも素朴かつ豊かで柔和な響きがよく出ています。後半に目立って感じられるグロッケンシュピールもチンチンと甲高くなく、柔和でマイルドな響きです。エンディング、こんこんと降り止まない雪を写して遠くピントがぼけていくようなディミヌエンドが絶妙です。フェードアウトの処理などでなく演奏のダイナミクスでやりきっています。私はこういうものをひとつでも多く聴きたいと思います。
ちょっとThe Beatlesの『Eleanor Rigby』を思い出させる弦の輪郭ある質感が魅力的です。
西六郷少年少女合唱団の雪を聴く
ピアノの裏打ちが軽快です。『ジングルベル』なんかを思い出させるような、祝祭的で明るい気持ちにさせるアレンジです。グロッケンがチロチロと軽く、フルートのかろやかなニュアンスとコンビネーションして非常に可愛らしい雰囲気を醸しています。ストリングスが主音から下がってきてメージャーセブン、シックス……なんて動きをみせており、空からやさしく雪が舞ってくるみたいな可憐さがあります。
2声部に分かれているでしょうか、合唱パートが”コンコンコン……”と非常に独特の動きをしており、副旋律で魅せる工夫がなされています。左に主旋律、右にハーモニーパートでしょうか。合唱をステージに向かって鑑賞している気にさせる定位でアレンジがよくわかります。みずみずしく好感な演奏です。
恒久な冬景色
“雪やこんこ 霰やこんこ。 降っては降っては ずんずん積る。 山も野原も 綿帽子かぶり、 枯木残らず 花が咲く。”
(童謡(文部省唱歌)『雪』より、作詞:武笠三)
私の記憶に強く陣取る2番の歌詞はヒトや家畜(ペット)の生活スタイル、くらしぶりを思わせますが、1番が描くのはまさに時代がちがっても、野山さえ残っていれば恒久で普遍の景色でしょう。
雪を綿帽子に見立て、山や野原を擬人化してそれらが綿帽子をかぶると表現します。いえ、綿帽子はそもそもヒトが服飾として身につける「帽子」でなく、綿花の姿をたとえたものでしょうから、山や野原の擬人化というほどのことはないのかもしれません。
“枯木残らず 花が咲く”がいいですね。はだかんぼうになってしまって、風が通り抜け放題のスカスカの枝も、たわわに実って暖かいのではないかと幻想を抱かせるほどに、雪によって枝が様変わりする感動を淡白にさらっと表現していて好感です。枯木残らず、花が咲く。良いですね。見習いたい言語表現です。日本語が母語でよかったと思えるほどです。
雪が降っているのに、暖かさを幻視させるのは人の動きと景色が様変わりする感動を確かに描いているからなのでしょう。童謡っていいですね。童謡ならなんでも良いとはいえませんが、こうして長い時間の経過に耐えるすばらしい表現のはしばしに出会えるのはやはり童謡鑑賞の魅力のひとつといえます。
青沼詩郎
タンポポ児童合唱団が歌う『雪』を収録した『幼稚園・保育園でうたう歌 キング・スーパー・ツイン・シリーズ 2022』(2022)
『雪』を収録した太田裕美の『GOLDEN☆BEST/太田裕美 どんじゃらほい~童謡コレクション』(2004年。オリジナル発売:1992年)
西六郷少年少女合唱団の『雪』を収録した『〈COLEZO!〉日本の唱歌 ベスト』(2005)
ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『雪(童謡)ウクレレ弾き語りとハーモニカ』)