隠しトラックとおばあちゃんの飛躍

CD全盛の時代に、隠しトラックというのがはやりました。CDの最後の曲を延々と再生したままにするとおもむろにおまけのトラックがはじまるのです。つまりアルバムの最後の曲が終わって音がやんでからもずっと無音が続き、10分とか何分かわかりませんが何かしら経過する頃に、急にまた音が鳴りだすのです。

その隠し曲というのが、なんといいますか、本編と乖離したすっとんきょうな曲だったりする……そういう隠しトラックのイメージを私に植え付けた最たるアーティストはBUMP OF CHIKENで、まるでサークルや部室で仲間と音を出して遊んでいるような変てこな曲をやりがちでした。ボーカルの声色が不真面目(?)な感じだったりですね(『H・I・R・O・W・A・K・I』など記憶に強く残っています……『天体観測』シングルCDを取り寄せるなりどうぞ)。BUMP OF CHIKENの『FLAME VEIN』というCDアルバムはこれまた驚きで、最初のトラックのアタマから「巻き戻す」と隠しトラックが聴けるという仕掛けのものでした。

話は全然変わって、私はGS(グループ・サウンズ)を語る際の筆頭バンドのザ・スパイダースを好きで、それはもうもろ手を挙げてノーガードですべてを称賛したくなるくらい好きなのですが、たとえば『エレクトリックおばあちゃん』など聴くと、ときにちょっと頭を抱えたい気分になってしまうくらいに、そのすっとび具合に参ってしまいます。これは隠しトラックとかでやるのにおあつらえ向きの曲なのじゃないか……というのはさすがに軽んじすぎかもしれませんが、自分の生理状態によってはそう思うくらい「なんなんだこの曲は……」と参ってしまうのです。……ステージに立って音楽を司る者として、いったいどんな心持ちでこの曲をやるというのか……(いえ、もちろんそれはそれで良いのです。心持ちなんてものは知ったこっちゃない。作品は独立して存在できるものだとも思います)。

実際の答えは「やればいい」だけなのです。それは分かっているのですが……「どしてらべな」「スーパーエレクトリックおばあちゃん」て、どないやねん。世の中の憂いや恨み・つらみ・有象無象を超越するパワフルさ、みなぎる生命力を感じます。

ザ・スパイダース エレクトリックおばあちゃん 曲の名義、発表の概要

作詞:麻生ひろし、作曲:かまやつひろし。ザ・スパイダースのシングル(1970)。

ザ・スパイダース『エレクトリックおばあちゃん』を聴く

Youtubeで「エレクトリックおばあちゃん スパイダース」を検索する

どしてらべな」ってなんなんでしょう。青森弁でしょうか。「弘前のおばあちゃん」と出てきます。弘前から長崎……地名で脚韻を踏みます。

遠方への旅行は現役を退いてからのほうががぜん都合をつけやすそうに思いますが、ネックは健康問題や体力でしょう。

高齢になると時間と財力に余裕ができたとしても、からだの問題がそれを許さない場合があります。

つまり……元気な高齢者って、自由で最強では? 私も長く健康でいたいものです。

ボーカリストたちの声色が絶妙ですね。メインの堺正章さんのおどけて悶絶しまくりのコント師のような歌唱、あるいは歌唱といっていいのかわからない茶々。

高めの声域にはかまやつひろしさんの伸びを感じもします。いったいぜんたい、演奏や表現のスキルやキャリアを動員して、このグループは何をやっているのだろう……グループの先行きが不安ですが、おばあちゃんの未来はまだしばらく明るそうに思えます。

曲の外の話ですが、『エレクトリックおばあちゃん』は実際ザ・スパイダースの最後記のリリースにあたるそうです。ってか最後のシングルだって?!(参考Wikipedia)まじかよ。

歌詞

“孫の顔見にはるばると 東京さ行きたくて 気軽に津軽をぬけ出した 弘前のばあちゃん”

“飛行機乗っ取りハイ・ジャック 海にはシー・ジャック わが家は突然 ババ・ジャック 弘前のばあちゃん”

“ばあちゃん今日は弘前 あしたは長崎 行き先かまわず飛びまわる 弘前のばあちゃん”

(ザ・スパイダース 『エレクトリックおばちゃん』より、作詞:麻生ひろし)

ふとんがふっとんだレベルの駄洒落といったら辛辣すぎるかわかりませんが……「気軽に津軽」。「ババ・ジャック」なんてもはや駄洒落に足りるかすらあやうい造語です。もしくは、ジャックされて何かに突き動かされる媒体が「ババ」なのか。ちなみにハイ・ジャックやシー・ジャックはその年にあった時事を意識して盛り込まれた様子。物騒ですね。

孫の顔を見るのは長距離旅行の動機にじゅうぶんでしょう。長崎には駄洒落に利用される以上に何かがあるのでしょうか。

「ドシテラベナ」「どうしているだろう」といった意味だそうです。ネットの検索のおかげよ。

方々を飛び回る元気なおばあちゃんだったら「どうしているだろう」と心配する由もないでしょう。むしろ「今日もきっと元気にしているに違いない」というようなニュアンスの「ドシテラベナ」が、楽曲『エレクトリックおばあちゃん』の本意なのでしょう。

そう、もうこの曲はそれにつきるのです。なんて元気なんだ、弘前のおばあちゃん、あっぱれ。それを言うためだけの、グループ・サウンズの記念碑的実力グループの最後のリリースの3分間。あの世に渡っても永遠に元気にしていそうな趣です。

ムッシュかまやつのセルフカバー(『ザ・スパイダース・カバーズ』収録、オリジナルリリース:1989年)

原曲の「ばーぁちゃーん」というかまやつさんのフェザーボイスをサンプリングしてループしているでしょうか。かまやつさんのその後に渡る長く幅広い音楽人生を思わせます。ジャンルを越える飛行機に飛び乗るまさかのセルフカバー。ラッパーは高木完さんでしょうか。編曲は高木完さん・工藤昌之さんの連名。

ジャン・アンド・ディーン パサディナのおばあちゃん(原題:The Little Old Lady(from Pasadena))

『エレクトリックおばあちゃん』のオマージュ元?だとか。よく似ていますね。サーフロックというのか。甘くマイルドな響きのメインボーカル。高域のハーモニーボーカルを『エレクトリックおばあちゃん』はよく映し取っているのがわかります。ハーモニカはクロマティックでしょうか。闊達で波を乗りこなすようです。山下達郎さんが参考にしたサウンドもこのあたりの音楽畑に詰まっているのかな、なんて想像します。

青沼詩郎

参考歌詞サイト 歌ネット>エレクトリックおばあちゃん

ザ・スパイダース『エレクトリックおばあちゃん』を収録したAB面集『ザ・スパイダース・コンプリート・シングルズ』(1999)

まさかのヒップホップ転生した『エレクトリックおばあちゃん』を収録したムッシュかまやつのアルバム『ザ・スパイダース・カバーズ』(オリジナルリリース:1989年、【+3】した再発:2010年)

『The Little Old Lady(from Pasadena)』を収録したJan and Deanのアルバム『The Little Old Lady from Pasadena』(1964)

ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『エレクトリックおばあちゃん(ザ・スパイダースの曲)ギター弾き語りとハーモニカ』)