至るところにトノバン

加藤和彦さんには都度驚かされます。こんなものまで彼の関わった作品だったのかと、音楽鑑賞の庭をうろうろしていると頻繁に突きつけられるからです。私は2024年6月にこの記事を書いていますが、『トノバン』という加藤和彦さんの愛称を主題に掲げたドキュメンタリ映画が最近公開されました。加藤和彦さんのことは常に私の時事であり続けます。

たとえばマクロスという作品の存在に依拠する形で誕生したといえるであろう楽曲『愛・おぼえていますか』。これもまた加藤和彦さんの作曲なのですね。安易ですがWikipediaなどを見るに、この楽曲の存在は、マクロスのアニメ映画本編のほうにも大きな影響を与えたようである……とうかがえます。音楽や楽曲が添え物でなく、作品の内容と接合しているのですね。どんな条件や環境で仕事をするのであっても、楽曲や音楽が外の世界と影響を与え合って接合すること。これは、音楽にとどまらず、あらゆることの命題であり理想でしょう。そうありたいものです。

愛・おぼえていますか 飯島真理 曲の名義、発表の概要

作詞:安井かずみ、作曲:加藤和彦、編曲:清水信之。飯島真理のシングル(1984)。アニメ映画『超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか』(1984)主題歌。同作のサウンドトラック『超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか オリジナルサウンドトラック〈音楽篇〉』(1984)に収録。

飯島真理 愛・おぼえていますかを聴く

The Ronettes『Be My Baby』を思い出せるイントロのダウンビート感。シンセの音なのか、チロチロときらびやかなトーンがエイトビートを刻みます。ホルンをサンプルしたような音色が勇壮に地平を描きます。心が橙色になる気分。ピアノにオブリガードのバトンが渡ります。

落ち着いた心で、平静に語りかけるようなおおらかなボーカルメロディと歌唱のニュアンス。この人格がいうことならば、すべてが本意であり真実だと思わせるイノセントさ。純白、無垢を思わせます。ボーカルのハーモニー(字ハモ)も神々しさを演出する一因でしょう。

大サビ“もうひとりぼっちじゃない”のところはかなり音域が上がり、主観的な感情の高ぶりが垣間見えるようなエモーショナルな味わいです。飯島真理さんの歌唱の、音域の違いによる味わいの幅が窺える部分です。

大サビ(Cメロ)展開を含んだ、楽曲の構成がユニークです。【Aメロ・Bメロ・サビ】×2のち、大サビ(Cメロ、短め)。直後に3回目のサビ。2拍3連の大柄なリズムの峠を越えると、また大サビ(Cメロ)に接続します。先に登場したCメロは短めでしたが、今度の再現時には折り返しありのフルサイズでの詠唱です。そのまま、サビに戻ることなくフェイドアウト。この構成が意外です。

サビの繰り返しでエンディングを迎えるのが大衆歌の常套手段といえる構成ですが、大サビ(Cメロ)の反復でフェイドアウトしエンディングを迎える楽曲の例が私には『愛・おぼえていますか』の他にぱっと思い浮かびません。珍しい構成だと思います。こんな珍奇な構成に筆が赴くのは相当に達者なソングライティングといえます。それも加藤和彦さんならうなずけます。

安井かずみさんによる作詞とどっちが先になされたものかはわかりません。詞先であっても、作曲者の意匠としてすでに書かれた一部分を反復したり再登場させたりすることはときにあり得るのかもしれません。

今 あなたの視線感じる 離れてても 体中が 暖かくなるの

今 あなたの愛信じます どうぞ私を 遠くから 見守って下さい

『愛・おぼえていますか』より、作詞:安井かずみ

霊感が降りて来たみたいにゾゾっとする、神秘的なラインです。とっても普通で、引っ掛かりのまったくない、すべすべの言葉のようにも思うのですが、深く私の心に残留する不思議さ。このあたりはマクロスの物語と密に接合しているのかもしれません。純白な言葉は純白になって言わねばなりません。いえ、その時だけ純白なふりをしてもダメです。純白そのものが発するから、言葉は純白でいられるわけです。

離れている、遠くにいれば、その存在を、視認することはできないはずです。それでも、相手の存在を想うと体に生理的な変化があらわれるのは、心からの相手への信頼や思慕によるものでしょう。私がこの身にあなたの存在を宿しているから、あなたもきっと見守ってくれるはずなのだと。比喩の話です。

宇宙から目線であれば、こんな小さな地球のどこにお互いがいようと、とても近くにいて、つながっているに等しいのです。というか、もともとひとつなのだと思えるでしょう。その規模の尺度で埋没しない確かな信愛です。

青沼詩郎

参考Wikipedia>愛・おぼえていますか

参考歌詞サイト 歌ネット>愛おぼえていますか

飯島真理 公式サイトへのリンク

飯島真理が歌う『愛・おぼえていますか』を収録した『超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか オリジナルサウンドトラック〈音楽篇〉』(1984)

ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『愛・おぼえていますか(飯島真理の曲)ギター弾き語り』)