錆びたレールを継ぐ未来
2拍と5拍を組み合わせた変拍子に思えます。この割きれなさはどこから来るのでしょうか。

くるり Official SNSアカウントが縦書きの歌詞カードの画像を投稿しています。縦書きは日本語の歌詞の質感・情緒、言語の成立背景を尊重した形式だと思えます。
繊細な心象を風に舞う木綿で撫でるような、涼やかな岸田さんのリードボーカルの質感が変拍子と相まる楽曲の大きな特長です。こうした繊細で機微に富んだボーカルは翌月(2025年12月)にデジタルリリースされる『oh my baby』においても、広く悠久な景観のなかに連綿と質感に富んだ線を描いており耳に残ります。
変拍子……というか異なる拍の数のまとまり方を組み合わせたような、さながら「不定の掛け合わせによる安定」には、己の未来に渡って咀嚼を続けていくべき物事との対峙、理解や共感を宙吊りにしたままでもその景観ごと受容・許容あるいは黙認し歩み続ける寛容な態度を思わせます。
不定の掛け合わせによる安定……と私が表現したくなるその安定感に与するのは、表拍のはっきりとしたやさしげなギターの伴奏。踏切警報機が毛布につつまれて記憶の奥底で鳴っているかのよう。枕木をタタン、タタン……と乗り越えて行く列車の振動のリズムのようでもあります。
今はもう廃線になってしまってその乗車体験が記憶のなかにだけあるような、現在地との距離が恋しい。わしづかみにしたらこわれてしまう飴細工のような繊細な情感が歌詞と伴奏の一定のリズムによって遠く風の渦のなかから姿を現すかのよう。
“単線の 錆びたレールを 跨ぐきみと おさらいした 思い出とは 仲良くなる 日が経つほど 仲良くなる”(くるり『瀬戸の内』より、作詞:岸田繁)
上に引用した歌詞のあたりからちょうど、ダニエレ・セーペのソプラノサックスが着信しだします。己の出自を打ち明けあい、時を経ながら関係を深めあい、記憶を確かめあうように交歓を進め、間奏にさしかかるとフーっと深呼吸のようなロングトーンとともに調性も短3度下のEメージャーに変わっています。
思い出はいつもきれいでいるとも限りません。ある瞬間は調和を歪めた記憶(……ときに人間関係のもつれ、許し難いあやまちや災い……さまざまあるでしょう)や哀しみさえも乗せて、錆びたレールを傍にきみや主人公のふるまいを枠に収めた写真の先を行くのです。前へと進む列車に乗って、右や左をきょろきょろしたり、ときにはうしろを振り返りながら……
瀬戸の内 くるり 曲の名義、発表の概要
作詞・作曲:岸田繁。くるりのシングル(2025年11月14日)。アルバム『儚くも美しき12の変奏』(2026年2月11日)に収録。
くるり 瀬戸の内を聴く
ボーカルが豊かな残響をまとい、記憶のあの海からあの山までも包含する空間の広さを演出します。この深い広い空間の演出は、収録現場の伊豆スタジオのエコー・チャンバーによる効果でしょうか。くるりの近作アルバム『感覚は道標』収録曲の『window』なども思い出します。
息の長いオルガンの音色は記憶の温度を表現する下地。ロータリースピーカーのなかで機構が回転しているその動きまで想像させる生命感。
くるりレパートリーは、和音の転回形を積極的に効果的に用いているように思えます。低音位がその実音から上の帯域まで及ぼす影響力はまるで運命の掌握。ベースにはコントラバスタイプの楽器が用いられています。木のボディの深い響き、アコースティックのトントンと自然な音色の軽いタッチが同居します。低い音域ほどズーンとサスティンが強くなり、高い音域ほど減衰が強くなっているように感じます。音域によって様々なキャラクターを雄弁に演じ分けていて素敵です。
ドラムが堪能な語彙を駆動します。マレットを用いたクレシェンド。ブラシがコーテッドのスネアヘッドやライドシンバルの上をジャンプしたり、風がよぎるみたく撫でたり。思い出との接触の儀を見守る、空気の調和を尊重した演奏に私の心がぱくぱくと拍手を贈っています。
ダニエレ・セーペのソプラノサックスがボーカルといつのまにか宙をダンスしています。楽曲はメインの調のG、そして転調先のEメージャーをごく自然に渡り、またGに戻ってきています。まるでくるりチームがイタリアに赴きタニエレのもとを訪れ音楽制作(『La Palummella』)を共にし、そののちに京都音楽博覧会2024のステージにダニエレチームを呼び寄せ、さらにそののち2025年の本曲リリースのためにダニエレのソプラノサックスの演奏を音源のやりとりで送ってもらったという現実の歩みを思わせるような調の移ろいを背景に心の友どうしがレールの頭上を行き交います。
マンドリンの音が温かくやわらかい。左寄りの定位で温度を意匠します。風のように儚く、思い出とダンスするように足腰軽く土の匂いを運んできます。
恒常的なギターのリズム・響きに豊かな艶と質量をピアノのコードストロークが加えます。転回形の和音のフォルムを明示するのもピアノが担う重要な要素です。うっとりするような絢爛優美な音色です。どんな環境・どんな楽器でどのように収録したらこんな耽美な音に仕上がるのか。
「空っぽの」という歌い出しのボーカルのリズム……タタ、タタタ……
本曲を収録するアルバムのタイトルは『儚くも美しき12の変奏』。思い出の原形すなわちモチーフ(短いフレーズ、音形の片鱗)が、錆びたレールの先を継ぐ現在に及んで、その味わいや手触りまでもを変えていく風情が悠然と描写されます。これがすなわち変奏なのだと……
青沼詩郎
くるり 公式サイトへのリンク > ディスコグラフィー > 瀬戸の内
『瀬戸の内』を収録したくるりのアルバム『儚くも美しき12の変奏』(2026年2月11日)
ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『【寸評つき】錆びたレールを継ぐ未来『瀬戸の内(くるりの曲)』ピアノ弾き語り』)