戦う剣豪を心に

「ハチのムサシは死んだのさ」という衝撃的な歌詞は内田良平さんの詩集『おれは石川五右衛門が好きなんだ』に収録された詩『ハチのミヤモトムサシは死んだんだ』とのことで、それに平田隆夫さんが曲をつけたものが本曲です。詩(詞)が先ですと音楽(メロディ)のほうが詩にふりまわされてしまって覚えにくい作品になるリスクがあると思いますが、“ハチのムサシ”は歌い出しが8分音符ひとつあけて始まるメロディが弱起になっていて、まるで剣豪の刀筋のようなスピード感をまとい、鮮烈に記憶に残る意匠を獲得しています。

対して、歌い出し10小節目以降のBメロのセクションは強起(小節のあたまの表拍からきっかりはじまるメロディ)になっており、真っ赤な太陽に真っ向から試合を挑み、焼け落ちて死んでしまう愚直な顛末が無情に描かれます。勢いのある曲調のなか、メロディそのものに託された対比が剣豪の腕っぷしの比喩のように感じられて妙味ですね。

本曲のハチのムサシは、学生運動の比喩と解釈する向きがあるそうです。大きな体制に異議を唱え、戦う「姿勢をみせる」のみならず実際に戦いに望み、落命してしまう……命より大事な主張だったのでしょうか。ムサシが焼けて死に、エンディングの銀幕に焼け付く夕暮れに燃える真っ赤な太陽はなんの比喩でしょう。肉体が滅んでも抗いの魂だけが燃え続けるムサシの精神の象徴なのか、あるいは矮小な個人を呑み込み、煌々と代謝を続ける強大なエネルギーの集合≒社会や体制の象徴なのか。太陽は双方を併せ呑む、超然とした真理、神にも似た観察者でしょう。

地平を超越した観察者に挑んで身を滅ぼすとは、物事の規模感を取り違えた愚か者であるようにも思えて皮肉です。しかし精神の敗北は肉体の死と同義である、という理屈もまた尊重すべきでしょう。戦う剣豪を心に持ち、生きるエネルギーとしたいとつくづく思います。

ハチのムサシは死んだのさ 平田隆夫とセルスターズ 曲の名義、発表の概要

作詞:内田良平、補作詞:むろふしチコ、作曲:平田隆夫。平田隆夫とセルスターズのシングル、アルバム『愛の12章』(1972)に収録。

平田隆夫とセルスターズ ハチのムサシは死んだのさ(シングル、Apple music上でのリリース年が1991)を聴く

勢いのあるテンポ、闘争本能にしか俺は従わないぜ!とでもいわんばかりのガヤというのかスキャットというのか音符にならないケモノのようなメンバーの声の数々が野趣あふれていて圧巻です。

右に定位した素早い周期でロータリースピーカーが攪拌する、光が明滅する揺らぐオルガンのサウンドが強いです。左には対になるエレキギター。これのフレージンがまるで蜂のバジング(羽ばたき)のようにやたら細かい。素早いですがクリーンなサウンドですので輪郭も保たれていて、ムサシのすばやく間断なく繰り出す剣筋を思わせます。二刀流でしょうか。

ウーーウーー……という長い長いトンネルの入り口から出口までを一本の筒のようにする残響をまとったコーラスが浮遊感を演出し、ボツボツトツトツとデッドで余韻の短い質感のドラムとコンガなどの皮もの打楽器が一体になったサウンドがウェット(残響が多い)とドライ(残響が少ない)の対比を出しており、ひとつの楽曲のなかに近い〜遠いの距離感が演出されています。太陽までの距離の遠さを思わせます。ドラムのタムタムが左右にきっぱりと振り分けられており、歌詞のフレーズが空くときのフィルインでカメラ(リスナーの注意)をぐぐっと引きつけます。

右のトランペットが太陽の彩り。ヒィーンと高音のストリングスが愚直なまでにまっすぐな描線し、太陽にむかうまっしぐらなムサシの軌道、あるいは燃え尽きて精神だけが第三者の記憶のなかに浮遊する無情を思わせます。

私が利用するApple Music上に1991年のリリース年で視聴できる音源があって、テンポに勢いがあって好きです。もうひとつ、少しテンポが落ちるバージョンも確認できます。聴き比べてみてください。

ドラム全体が左に定位しています。テンポが落ちるので、キックの16分割のフィールやボーカルの輪郭がくっきり丁寧に描かれて感じます。歌詞の経過を落ち着きをもって語り、より客観・平静を重視した態度を感じます。エンディングやオープニングに「かけ声」も入っています。野生味においてはテンポが早いバージョンの方が優ると感じます。どちらがオリジナルバージョン(リリースが早いバージョン)なのでしょうか。

青沼詩郎

参考Wikipedia>ハチのムサシは死んだのさ平田隆夫とセルスターズ

参考歌詞サイト 歌ネット>ハチのムサシは死んだのさ

『ハチのムサシは死んだのさ』シングル(リリース年が1991になっているバージョン)

『ハチのムサシは死んだのさ』を収録した平田隆夫とセルスターズのアルバム『愛の12章』(1972)

ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『ハチのムサシは死んだのさ(平田隆夫とセルスターズの曲)真っ赤に燃える観察者【ギター弾き語り・寸評つき】』)