気になる面持ち
西岡恭蔵名義のセカンドアルバムに収録。細野晴臣さんも参加。演奏メンバーはさながらムーンライダースとはっぴいえんどの折衷のようです。
関西で1971〜2025年開催され続けた「春一番コンサート」のテーマソングです。
歌詞にヤースガーズファームと出てきます。1969年のウッドストックの開催地ですね。意識したのでしょうか。
ねっちりとしたグルーヴの譜割りが16分割で細かい。西岡さんのボーカルの揺れ方、移勢の付け方が、ハーモニーやバックグラウンドのボーカルパートを出し抜くほどに思えます。
コードの響き、楽曲の雰囲気が不穏です。ベース音とリードボーカルのメロディがかぶっている、同一音名を演奏している瞬間が多いせいでしょう。コーラス(サビ)「ヤースガースファームへ……」のところで瞬間的にいくぶん和声感がにじみ出ますが、またすぐベース音とボーカルメロディが一緒になってしまいます。何かが起きそうな不穏さと虚しさがずっと同居して感じます。
春が永遠に来ないのではないか……あるいは春が来る前から、春が去ってしまうさびしさを遠い目で見ているようなフィーリングに私はなってしまいます。
春一番と一般にいった場合、関東圏あたりの街の気候ですと3月の早い段階くらいにふくものなのかなと思いますが、本曲の表現する春一体はもっと広く、かつ観念的なアプローチに思えます。大阪で開催され続けた春一番コンサートも、開催時期はゴールデンウィークだったとか。
年度が変わるのが春。生活環境、ルーティンに激変が訪れるのが春。燃え尽きたり、燃え残ったりする春。呆然とする人たち、不安や不穏を抱えた面持ちの人たちを放っておけない気持ちを思い出します。
春につきまとうもやもやのように、「気になる人」みたく「気になる曲」なのです。
春一番 西岡恭蔵 曲の名義、発表の概要
作詞・作曲:西岡恭蔵。西岡恭蔵のアルバム『街行き村行き』(1974)に収録。
西岡恭蔵 春一番(アルバム『街行き村行き』収録)を聴く
C#のナチュラルマイナー風のイントロなのですが、メロに入るとEメージャー調です。いずれにせよシャープ4つ系なのですが。「春一番の風は」「春一番の風は」とBメロに入るとマイナーコードばかりで雲ゆきがあやしくなり「ヤスガーズファームへ君を……」のサビのところに入るとしれっとAメージャー調の秩序に適応しています。
ここぞのところで、音楽の和音上のセンテンスをマイナーコード(Ⅵm)に解決している局面が多いこと。それから上記のように、C#mやEメージャーやAメージャーと、まるで多重人格者のように精神分裂者のように、あるいはもっとシンプルにさすらい人のように、ここなら腰を落ち着けて安心して過ごせるという場所が欠如している。これらの要素が、私に肝心の「春」の不在をたびたび思わせるのです。春をどこか距離のあるところから俯瞰したり見上げたり遠くに感じている、心のまんなかがすっぽり抜け落ちた喪失感をもたらすのです。
そんな楽曲の不穏なフィールとバランスをとるかのように、ベースとドラムがおそろしく精緻です。16分割の精密な定規を共有するコンビネーション。音色やポジショニングや緩急を楽曲の進行にあわせて使い分けます。そんなところまで!とここぞの局面で高いポジションまで浮き上がるベースがみもの。
ベース・ドラム・ピアノなどのベーシックリズムがなす暖かな土壌にヴァイオリンとスティールギターが冷感ある芯の音色でふわふわと浮遊します。声のハーモニーは左右にひらき、ゾウさん(恭蔵さんの愛称)の声が必要十分なリバーブをまとってステレオ空間に春の匂いをただよわせます。
エンディングではテンポの粘度をぐぐっと高めて「春一番の風」のリフレインふきあれる嵐のなかフェードアウト。リードボーカルの声色と音域も最高潮にたかまります。
青沼詩郎
ローリング・ストーン・ジャパンサイトの記事 「西岡恭蔵と細野晴臣の関係性、ノンフィクション作家・中部博とたどる」へのリンク
『春一番』を収録した西岡恭蔵のアルバム『街行き村行き』(1974)