話はここから

「君がいなくちゃ」のリフレインのコーラス。「君」は理想のパートナーかもしれませんし、理想の自分、自分にとっての理想の環境、条件、手をのばせばそれを実現できる体力や精神のこととの解釈もありかもしれません。

日常の延長にある理想を平易で実直なリズムとメロディを基礎に、提示する慈しみに満ちたソングライティング、そしてサウンド(ピアノの音色がこんこんと降り注ぎ……)胸を叩きます。ずっと前からある・在り続ける思いがふとした瞬間、いまこの瞬間にたまたまくちびるをすり抜けたかのような恒久的な鮮度があります。

本曲を収録したアルバム『或る秋の日』には本曲の2曲あとに『いつもの空』が収録されており、その曲のなかでは一見対照的に思える“君がいなくても”との表現が含まれているのが印象的です。そこで明かされる胸のうちはむしろ、美しさやさびしさに直面したときに共有できる君の存在を尊重する態度です。こんなに美しい瞬間やさびしい想いさえなけりゃぁ、君がいなくても大丈夫なんだけどね、という反語が込められていると私には読めます。つまり、『いつもの空』は『君がいなくちゃ』と近い、あるいは接している一体の想いを語り広げた兄弟・親族関係にあるように私には読めます。この2曲を含め、「何かの一端をみれば、必然的のほかの一端が浮き彫りになる」……そんな感覚をくれる、色味が深く鮮やかな素晴らしいアルバムです。

君がいなくちゃ 佐野元春 曲の名義、発表の概要

作詞・作曲:佐野元春。佐野元春&THE COYOTE BANDのシングル(2015)、佐野元春のアルバム『或る秋の日』(2019)に収録。

佐野元春 君がいなくちゃ(アルバム『或る秋の日』収録)を聴く

ギターやベースのピタっとした緩急のある動きがリズムを決めていくヴァース。アコギがカラカラと乾いているのですが深くやわらかい恒久な響きです。コーラス(サビ)になり「君がいなくちゃ……」のリフレインとともにキックの四つ打ちのリズムが始動。君がいればこの歩調が力強くどこまでも保たれる安寧の絶対さに勇気が湧いてきます。

左右に佐野さんの声のトラックが広がります。エレキギターも私の左右を包む。ピアノの響きが、ストリングスなどの響きがよぎります。

“手遅れだと人は言うけれど 見えない想いを繋げていくだけの 強い勇気をどうか この胸に”(『君がいなくちゃ』より、作詞:佐野元春)

ダイアトニックコードの響きを重視したヴァースやコーラスに対して、このブリッジの部分はリズムのフィールは落ち着いているのですがコードの響きにハーフディミニッシュやメジャーセブンス、Ⅳm(準固有和音)の響きやベースの経過的な動きなど目まぐるしい要素がつまっています。ヴァースとコーラスが繰り返しやってくる予期する波をふと俯瞰したときの心の遠いまなざしを感じる展開です。このブリッジを経て、「・、シー・ドー・シー……」とシンプルではっきりしたピアノの孤高なモチーフがあらわれて、12弦ギターのような倍音感に富むエレキギターが後半の4小節であらわれてコーラスに回帰していきます。歌のある部分の確かさ、強さに加えて、歌のないときのこうしたモチーフやサウンドのコントラスの強さ・はっきりとした明瞭さがこのバンドのサウンド、佐野さん作品のサウンドに私が強く共鳴する魅力です。

小鳥のさえずりがきこえてきて、きれいだなとか、たくましいなとか、かわいいなとか、めまぐるしくせせこましく動く世間がいくらあっても君たち(小鳥たち)が歌う世界が依然としてそこに在ることはなんて美しいんだろうという感慨、それを共有できる誰かしかの君、あるいは君自身の感性≒君がいることで君の世界がはじまるのです。

青沼詩郎

参考Wikipedia>或る秋の日君がいなくちゃ

参考歌詞サイト 歌ネット>君がいなくちゃ

佐野元春 : オフィシャル・ファンサイト – Moto’s Web Serverへのリンク

『君がいなくちゃ』を収録した佐野元春のアルバム『或る秋の日』(2019)