風をとらえる帆船

メロはじまりできらびやかなアコギのアルペジオの音色が純朴な響き、日々の積み重ねに透明さと不透明さのマーブル模様を見出す美メロ、和音の綾。

くるり『魔法のじゅうたん』冒頭付近の採譜例。アウフタクト(弱起)ではじまり、移勢のリズムを含みなだらかに起伏するメロディが清涼に流れる印象。“君のこと沢山 知ってるつもりだったな だけど こんなにも分からなくなるなんて”との歌詞があてられており、認知した瞬間には次のタームに向かう変化がすでに兆す「万物は流動せり」的な真理を思わせます。

生身は毎日似ているようで変化し移ろいます。その姿の補足を試みてもそこにもう真実はなく、流動している儚さを思います。個別の曲においてそれぞれに固有の特徴はあれど、曲の具体の向こう側を鳴らすのを試みるアティテュードこそが「バンド」だと私は思います。その態度を象徴する好例が本作でしょう。

どのセクションにおいても弱起のメロディが儚くせつなく、さらっとしてさわやかな印象の要因になっているのと同時に、同音連打を多用したまっしぐらで率直な特徴を併せもっているのが本曲の懐の深い、それでいて風に舞うようにフットワークの軽い魅力の要因だと感じます。

くるり『魔法のじゅうたん』ブリッジ付近の採譜例。Aセクション(ヴァース)同様、弱起ではじまる洗練された印象の歌メロに“強い向かい風が頬をかすめる”との歌詞をあてています。向かい風に正面衝突の力勝負を挑む以外に、体を斜めにするなど困難や圧力との向き合い方がそれぞれの立ち位置にあるのを諭してくれます。続く“君のにおいを感じればいい”のフレーズはAメロと歌い出しが共通する特徴を有していて、風のなかに「知っている君のにおい」を見つけ反芻するかのような音楽上の意匠がうかがえます。
くるり『魔法のじゅうたん』コーラス(サビ)付近の採譜例。同音程の8分音符を直列に敷き詰めるモチーフがヴァースやブリッジの流麗なメロディと好対照。ドラムの「ダンダンダンダン…」という力強いストロークと協調し“夢見がちだった風景を変える これからのことだろう”と未来の予見が確かな足音とともに迫ってくるような味わいです。前半4小節はメロディが間断なく立て込む発音の密度がありますが、後半4小節は対照的に遠く未来に視線を投げるように跳躍音程を取り入れメロディを動かしながらフレーズ尻で音価を広げ、ロングトーンで視界を開きます。前半4小節はがっつり主音の低音保続。後半4小節で和声が動き、“これから”を展望します。

ギターリフもまた飛翔感の演出を担う重要な発明でしょう。主題の「魔法のじゅうたん」を意匠する千金のギターリフです。

くるり『魔法のじゅうたん』ギターリフの採譜例。プル・オフやスライドを交え、小さな単位の音程間に滑らかなつながりがあるギタープレイです。風の動きや小型の鳥類を想起させ、映像的なきらびやかをギターのクリーン・クランチの音色が物語ります。

パートナーシップのある誰かと誰かがいてもいいし、「君」を自分の写し鏡と解釈してもいいでしょう。そんな「君」をのせて、想いをはこぶのが主題たる「魔法のじゅうたん」なのだと……

「ピーナッツ」や「強い向かい風」など、くるりの作歴を想起させるモチーフをじゅうたんに乗せます。自分たちのふりまいてきた因果もみな背負って新しい旅を志す誠実さ、清い気持ちがそよそよと流れ込んでくるのです。

サビになったら定型の歌詞が返ってくる(そのまま再現・繰り返しされる)!といったポップソングの定型とは異なり、本曲の歌詞は常に一方通行で、過去の再生産・再提示がありません(先に出た歌詞を曲が進んでからそっくりそのままの形で使い回す手法が見られない、の意味)。

かつ、先にも述べたように「ピーナッツ」(『愉快なピーナッツ』)「強い向かい風」(『ワンダーフォーゲル』)など、過去を冷たく端においやる態度ともまったく違います。ぜんぶを同じふろしきに包んで、かけあわせのお出汁の抽出を試みる懐の温かさを覚えるのです。

魔法のじゅうたん くるり 曲の名義、発表の概要

作詞・作曲:岸田繁。くるりのシングル『魔法のじゅうたん/シャツを洗えば(ヴァージョン2)』、アルバム『言葉にならない、笑顔を見せてくれよ』(2010)に収録。

くるり 魔法のじゅうたんを聴く

使っている素材は非常に実直でストイックなんです。減衰楽器のギター類とドラムにトラックの比重のほとんどがあります。ボーカルトラックもシングルの場面がほとんどです。サビのリフレインが回を重ねてくる後半になって、やっとサビメロにハーモニーがあらわれてくる。そこで和が見えてくるまでは、自己対峙の深みにいる感じがします。

減衰系のギター類を中心にしたサウンドなれどその響きの豊かなこと。曲の冒頭を印象づけるのは12弦のアコギでしょうか。この1コースにつき2本の弦を有する魔法の楽器はそれだけで2人のギタリストが同時に同じフレーズを弾いているみたいな効果が得られます。

ギターのフィードバック(放った音をまた拾って……の無限ループにより、音が減衰せずふぃぃーーーーっとずっと鳴り続ける現象)が表現するのは空を舞う魔法のじゅうたんの軌道です。

サビに入っておよそ8小節間は、ずーっとドラム8分の連打でスネアとフロアタムの同時使用。こういうフレーズはセクションの終わりぎわや始まりに1小節〜長くても4小節くらい、フィルインの一種として、あるいは恒常的なリズムへの変化を投じる語彙として用いることが多いですが、本曲では大胆な長さで試みています。その動的な印象からか、旅人のようにひとところによりかからない儚さ、「変化を常とする信条」が私の後ろ髪を引くのです。「ちょっとまって、もうちょっと君といたいのに!」というさらっとした聴後感を実現していると思うのです。ダンダン、スコン!と硬質で抜けのよく鋭いサウンドはドラマー・BOBOさんのお印という感じ。

エンディングに向かうあたりはサビのリフレイン(歌詞は常に変化しています)に確かな尺を割くなか、ベースのポジションがやがて転回形で浮上してきます。エンディングに「ラー、ラーラーララー」みたくシンガロングできそうな歌詞のないボーカルモチーフがあらわれて、そこにリスナーが具体的な言葉を描き込めるようにという未来への願いと自由のための余白を私は匂いとります。

エンディングはフェードアウトの処理で、リスナーの現実とのクロスフェードをはかり、また今日や明日を、旅の日々を生きようという気にさせてくれるのです。きらびやかな複数のギター類のサウンドと、私的な深い沈み込みと未来への自由に寄せる想いが入り混じる清涼みよ。

心はひとつになったんだ パンとピーナツクリーム頬張って どこへ行けども思い出せるならば 愛し合うことの寂しさと 思いやることのぬくもりを ここに置いておけばいいんだ 夢見たように飛んでゆけるから(くるり『魔法のじゅうたん』より、作詞:岸田繁)

己の軌道や足跡へ寄せる愛着、過去はすべて財産であり恩恵であると引き受ける寛容な心と慈しみ。実績も経験も己の肉体も、すべて流れ者(流動する物)であり時とともに風化する宿命への悟り。パンとピーナッツが象徴する異質なもの(あるいは親類)の交わりに見出す調和の側道に、加工や経年による変化が走り常に影響を与えます。平易でさらっとした言葉にピーナツクリームのようなこってりとこく深い粘性と比重のかろみが宿り、ソーダの水面に浮かびあがるよう。

青沼詩郎

くるり 公式サイトへのリンク 2026年の京都音楽博覧会の開催が発表されました。

参考Wikipedia>言葉にならない、笑顔を見せてくれよ魔法のじゅうたん/シャツを洗えば(ヴァージョン2)

参考歌詞サイト 歌ネット>魔法のじゅうたんワンダーフォーゲル

『魔法のじゅうたん』を収録したくるりのアルバム『言葉にならない、笑顔を見せてくれよ』(2010)

くるりのシングル『魔法のじゅうたん/シャツを洗えば』(2010)