とろけるロマンでおねがい
いまだにラジオで本曲がかかるのを耳にします。しゃくしゃくとさわやかな、エレキとアコギのストラミングが重なるサウンド。
歌詞も超がつくロマンチック。ホタル。花のかざりのついた?花でできた?帽子、月明かりの床……そんな情景描写をともない、キス・ミーのコール。感性がとろけてソファの縫い目に沈んでしまいそうな甘美です。ソングライターはバンドのギタリスト、マット・スローカム。
ボーカルの使用音域はオクターブの広さすらなし。短7度あれば歌えます。ボーカルの豊かな質感、哀愁ある風通しのあるおいしい質感が常に出続ける範囲に収まるのです。アクロバティックで技巧的な広い音域のボーカルが魅せるヒットソングももちろん存在するでしょうが、そのボーカリストの一番豊かな声を発揮できる範囲におさまっていることも耳心地のよさの秘訣かもしれません。「キス・ミー」との懇願を甘く爽やかで儚げに、さらっと浮かべるフェアリー・ボイスの持ち主はリー・ナッシュです。
本曲を収録したアルバムはこのバンドの素朴な重心あるいはそれと表裏一体の堅実な挑戦や試み・幅が暗に感じられるもあくまで統一感があってとても素敵です。本曲のヒット(認知)の大きさから、本曲を知っていてもアルバムを聴いたことがない人の母数が多いことも想像がたやすい。アルバム未視聴の人はぜひ。The La’sの『There She Goes』のカバーが収録されているのも嬉しいサプライズです。
Kiss Me Sixpence None the Richer 曲の名義、発表の概要
作詞・作曲:Matt Slocum。Sixpence None the Richerのアルバム『Sixpence None the Richer(”Kiss Me”)』(1997)に収録。翌年、シングルカット。
Sixpence None the Richer Kiss Meを聴く
Ⅰ、ⅠM7、Ⅰ7、ⅠM7と宵闇と街明かりの境界をうろうろするコードの響きを重なり合った複数のギターで敷き、それを背景にリー・ナッシュの甘い歌声が漂流するさまにカメラの焦点があいます。エレキギターとアコギを同時使いするだけでも相当倍音のきらびやかさがでますが、エレキのリズム&コード、それから間奏の折り返しで入ってくるリードプレイのエレキは12弦かもしれません。棹物、撥弦楽器の協調を中心にきらきらした光彩を表現するサウンドが滋味深くもあります。
ヴァースでリズムの解像度をギターのストラミングに譲りますが、コーラスでベースのリズムの解像度が16分割のキビキビした解釈が前面にでてきます。ドラムもヴァースは抑えた描き込みで、コーラスに入ってスパンとキレのあるスネアをオープンにし祝意を添えます。わずかに脇役としてオルガンのサウンドなど奥のほうにひょっとしたらいるようか、隠し味的に深みを醸します。
間奏でシキシキ……とシェーカーの類、対の定位に鍵盤ハーモニカなのかリードものが大陸の市街の路上の風を思わせます。この静かな宵の口のような展開を割って、きらびやかなエレキギターのリードプレイに突入、のちコーラスの再現。楽曲の構造はシンプルで手の中へのおさまりが良いサイズ感になっているのも本曲の長く広く愛される形の良さの一因でしょう。
Ⅰ、ⅠM7、Ⅰ7、ⅠM7のコード進行:本曲の骨組みとなる極めて重要なアイディアを基盤にエンディングでso kiss me と反復しながら鍵盤ハーモニカの音色も帰ってきつつ、バンドの熱がさめて眠りにおちていく、あるいは夜の魔法が解けるみたいに平穏に楽曲は主和音で全終止します。地に足をつけて空を仰いで24時間、48時間、72時間と空模様も明暗も移ろっていく諸行無常を映すコード進行です。
青沼詩郎
参考Wikipedia>シックスペンス・ノン・ザ・リッチャー、Sixpence None the Richer discography、Sixpence None the Richer (album)、Kiss Me (Sixpence None the Richer song)
The Official Home of Sixpence None The Richerへのリンク 2004年に解散し、2024年にカム・バックしたバンド・ヒストリーが公式サイトに綴られています。
『Kiss Me』を収録したSixpence None the Richerのアルバム『Sixpence None the Richer』(1997)