甘く儚い刹那の享楽

デビューシングル、ファーストアルバム収録曲。編成や音楽スタイル・意匠的に「オレでもできる(真似したい)」と思わせるバンドブームを牽引した役者のひとつがスーパーカーではないでしょうか。

歪んだギターをかきならしてシンプルなビート・リズムでシンプルなメロディをシンプルなコードにのせてシンプルな言葉で綴る歌詞を歌う。それゆえに最高の気持ちよさを引き出すのに絶妙なバランス感を要求されるのではないでしょうか。グループサウンズが流行したとき、ビッグネームになるバンドがピラミッドの頂点にいても裾野に数多の無名グループが広がる構図……歴史(流行)は繰り返すのでしょう。

金太郎飴的なそっくりそのままの繰り返しはしない歌詞になっていて、たとえばサビ終わりの「それだけさ。」など要所には決まった固定のフレーズを配置する箇所もありますが基本的に一方向に流動していく歌詞に生きた主体を感じます。この生命感の抽出こそが、形式や様式面では「真似したい」と思わせておいても独自性を高く保つバランス感の秘訣と思えます。

主題が直接歌詞のなかに含まれることのないモデル。曲を作ってから命名したのか、命名してから曲を作ったのか。しゅわしゅわしている、飲んだら甘いが清涼感もあるクリームソーダ。直接歌詞に曲名が含まれていなくても、エレキギターのサスティン、倍音、ドラムスのシンバルなどバンドのベーシック、張りすぎず儚いほどよく力の抜けた男女ボーカルなど、なんとなく甘くてさわやかで涼しげで刹那的な欲望を満たす嗜好性を象徴する「cream soda」が楽曲のすべての要素をひとつづきの河川のようにまとめあげます。開放的なサウンドも相まって、夏を直接思わせる表現はあからさまにはないにも関わらず、夏に聴きたくなります。絶妙ですね。

cream soda SUPERCAR 曲の名義、発表の概要

作詞:石渡淳治、作曲:中村弘二。スーパーカーのシングル(1997)、アルバム『スリーアウトチェンジ』(1998)に収録。

SUPERCAR cream soda(アルバム『スリーアウトチェンジ』収録)を聴く

ボーカルの子音の印象も主題の“クリームソーダ”のしゅわしゅわ感。Aセクションのボーカルはうっすらダブリングしているのか。サビでハーモニーになります。

バコンとコンプやプリアンプのゲイン感の聴いたドラムスの音が60年代みたいなニオイがあります。あばれん坊なプレイが平熱なボーカルとコントラストをなします。ベースのサウンドもなじんでいますがなかなか凶暴です。高音域を担当するギターのシンプルなモチーフが溺死しそうな寸前のバランス感。

イントロのギターリフレインがまず真似したくなる。これがいいですね。イントロで提示されて、サビのあとに再現される。これこれ、という気持ちよさ。

均された印象のサウンドですが、Cセクションでフェイザーのかかったギターが場面転換を高らかに証明します。「ひこうきぐも」のモチーフは歌詞に含まれますが、高い空で空気を切って滑っているような爽快感があります。このCセクションあたりで女声ボーカルの存在感も出てきます。

Cセクションのちの間奏のちのAセクション復帰時のリズムギターが歪みを抑え気味のサウンドになっていて、熱量の引き算の設計が巧妙です。もともとが四人バンドですから引き算といってもそんなに大仰な規模になるわけではありませんが、こうしたちょっとの演出分けがシンプルな編成のバンドのアレンジにおいてさりげなく大きな効果をなします。からの最後のサビの再来があって「それだけさ。」のサビ尻の決まりフレーズにて筆を止めます。3分台前半でいさぎよく終わるところも、液体に溶けてしまう、メロンソーダにのせられたバニラアイスの時間限定の美しさに重なってみえます。

具体に言及する歌詞でもないのですが何か言葉をしのぐ解像度の想いが胸に渦巻いており、音楽を切り離して読んでもそれを想像させる歌詞なのが絶妙です。ボーカルミュージックにおける歌詞はあくまで音楽の一部である、とするのが私の主な考えの一面ですが、それはさておいてスーパーカーの歌詞の抽象度の先にある色彩感覚は雄弁です。

CD全盛時代のオトという感じ。CDならなんでもこういう音なんてわけは当然ないのですが、平たく均(なら)されたサウンド、ひとつのバンドブーム時代(1990’s中後期……?)のオトという印象です。

青沼詩郎

参考Wikipedia>スリーアウトチェンジcream soda

参考歌詞サイト 歌ネット>cream soda

SUPERCAR | ソニーミュージックオフィシャルサイトへのリンク

アルバム『スリーアウトチェンジ』(1998)