群像の恋の遺産

伊勢正三さんらのフォークグループ、風のアルバム曲。太田裕美さんのカバー(1981)も存在します。

群像における恋愛の普遍にも思えますし、この曲の描くような人間関係を経験できることはなかなか日常の充実した恵まれた境遇ともおもえます。複数の男性と1人の女性からなるグループにおける恋愛。グループの関係を結果として悪化させ、結束を台無しにしてしまえばサークル・クラッシャーなどと呼ばれてしまうのかもしれませんが、本曲はグループの面々が出会えてかけがえのない経験をそれぞれが得られていることに慈愛と感謝を最終的には述べていると思えるような寂寥と哀愁をいっぱいに感じます。

ラストの一行「君はなぜ男に生まれてこなかったのか」が凄い。2秒で心をつかめなければ出会いはオアズケ、というような、いかにドーパミンを一瞬で沸騰させるかをキーポイントに競う現代的大衆音楽の世界(仮)とは対極にあると思わせます。

君が男に生まれて来ていればよかったのに、などとこの曲の主人公はきっと思っていないはず。君が女に生まれてきてくれたからこのようなかけがえのない愛の記憶を得ることができたときっと主人公は最終的には直感しているはずだと思うのです。でもそこには表面上の抜け駆けしてしまった罪悪感だとかがあって、それに前提として触れることなしにこの愛を語るのはフェアじゃないという想いがあるし、君が男に生まれてきてくれていればなどと心にも無い?!ことを表面上だけでも言ってやることで救われる1ミリほどの道理があるはずなのです。

真実や本当の想いを、そのとおりに口にすれば良いか? そうではない言葉の表現、言葉の造形、言葉の創造、言葉の芸術を感じさせるのが伊勢正三さんのソングライティングの最たる魅力の一面ではないでしょうか。本当にそれを望んでいるかどうかは別として、ひとまず仮定としてそれを言ってみる、言い切ってみるのです。本心を変装させてみるのです。言葉によって、真実にレイヤー(層)を与えるのです。もっとも表面に見えているもの。中層にあるもの。核心をなすもの。すべて一体の真実。どこにフォーカスするかによってそれぞれに成分が違うのは自然の造形そのものです。もちろん、表面に見えていて言語化・表明されている想いこそ、結局核心と同じ方向にうなずきを与えているものだ、とする真理も認めうるでしょう。この主人公は本当に心の底から、君はなぜ男に生まれて来なかったのかと葛藤しているからこそ抽出できた一行かもしれません。それくらいに主人公の心の地平を、ある一定の青春の期間をぐらぐらに揺さぶった一連の出来事であり人間模様だったのでしょう。もう超青春ではありませんか。

群像だからこそ経験しうる恋愛体験は財産です。現実でそれを経験しなくても、歌のなかで触れられる機会がすべての人の生涯に許容されている素敵な真実。

君と歩いた青春 風 曲の名義、発表の概要

作詞・作曲:伊勢正三。編曲:瀬尾一三。風のアルバム『WINDLESS BLUE』(1976)に収録。

風 君と歩いた青春(アルバム『WINDLESS BLUE』収録)を聴く

アコースティックのピアノとアコースティックのギターが対になってコードと恒常的なリズム、響きのボディをなします。最初のコーラスはベースやドラムのリズムは極力寡黙。しゅわーっとしたシンセサイザーが常に潮をくゆらせて海岸で遠い目をして回顧しているみたいな空気感を演出します。

間奏のところでおもむろに転調します。意外な入り方なのだけど落ち着いて解析していると長2度上のEメージャー調の秩序に突入しているようなのですが4小節くらいでまたⅡm→Ⅲm→Ⅳ→Ⅴsus……といった具合に元のDメージャー調に何事もなかったかのように落ち着き、喧嘩っ早い奴もいた、涙脆い奴もいた……とAセクションに回帰。この間奏に突入したときの転調の感覚は、どこまでも続くと思えた小さな集団の調和がある日急に乱れる、関係に変化が訪れる様子の意匠に思えて感動しました。そして何事もなかったかのようにひとまず平静を装ってもとに戻ろうとするのが日常の慣性というものです。

パコパコとコンプレッションがきつく効いたみたいなエレキギターのクールなサウンドが複数のトラック複数の定位でつねにオブリガードをそえます。集団、グループにいろんな人格・キャラクターが包含されている意匠でしょうか。

伊勢さんのリードボーカルの平静なタッチ、単一の声の描線が理性的です。最後のサビだけダブリングになっている。ここに心の揺れや葛藤、相反する想いの格闘の意匠を見出します。君と出会えてよかった。でも君が男ならこんな、男女の恋愛特有の焦燥や不安や痛みや苦しみはなかったはずなのだ……との、振れ幅のある思念の共存がボーカルのダブルの輪郭によって表現されます。

青沼詩郎

参考Wikipedia>君と歩いた青春WINDLESS BLUE

参考歌詞サイト 歌ネット>君と歩いた青春

伊勢正三|ISE SHOZO OFFICIAL SITEへのリンク shoyanの現在進行形コンテンツが更新されているホームページ。

『君と歩いた青春』を収録した風のアルバム『WINDLESS BLUE』(1976)

ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『君と歩いた青春(風の曲)群像の恋の遺産【ギター弾き語り・寸評つき】』)