朝へと向かう孤独の究明リレー
定規が自由すぎてコピーできない……気がしますがちゃんと聴くとちゃんと形式や秩序やタイム感、決まりがあります。夜汽車は一対のレールを走る、ひどく制約を受けた、敷かれた運命を決まった通りに踏襲される観念な気もしますし、夜汽車に乗ってどこへでも任意に行ける、運命を利用して運命を超越せよとの激励をいただいているような気もする傑作です。
本作を収録したアルバム『niyago』はアコギ一本でプログレッシヴ・ロックを実現したような革新的な楽曲も含む激烈なのに平穏で光陰のいりまじる、孤高な輪を感じる作品になっています。遠藤さんのひとりの演奏をパックした作品もあれば、本曲のようにメンバーとのセッションバンドの体裁になっている楽曲も収録しています。
なんかいいこと、おもしろいことないか。今(現在)はいつも、希望の明るみを遠く前方にのぞむ夜の真っ只中なのだと。誰しもが暗い孤高の道をひた走り究明を志す夜汽車なのです、あなたも、わたしも。
この曲へのタグづけ(アクセスするきっかけ)を私にくれたのはサニーデイ・サービス×カーネーション×岸田繁(くるり) のライブアルバム『お~いえんけん! ちゃんとやってるよ! 2020セッション』。渋谷クアトロでおこなわれたトリビュートライブを収めたものです。一発勝負の緊張感を熱さと集中の極みに転換し味方につけたひりひりする痛烈な9分半を超える長回しライブテイクのカバー『夜汽車のブルース』を聴くことができます。己の道を突き詰めて、独自の道をひた走り続ける「夜汽車」な生涯現役ミュージシャンメンバーたちによる素晴らしいセッションに、「えんけん」からのバトン(精神)が渡り生き続けているのが確かめられ、心はげまされる……こちらも機関を動かす燃料を得た気持ちになれるレコードです。
夜汽車のブルース 遠藤賢司 曲の名義、発表の概要
作詞・作曲:遠藤賢司。遠藤賢司のシングル、アルバム『niyago』(1970)に収録。
遠藤賢司 夜汽車のブルース(アルバム『niyago』収録)を聴く
乾いたスタジオの空気にドツッ、ボコッとドラムが波動を刺します。ハイハットのニュアンスが雄弁できびきびしています。左にアコギのストラミング、対になった定位で右にベースがもごもごとずっと何か呪文を唱えている。枕木を乗り越え続ける不測を含めて恒常的な夜汽車の走行リズムのよう。
音数がこれだけで、倍音のマスクから解き放たれた雲のない夜空にエンケンさんのじとっとした意志と社会のしがらみを混然一体にしたような歌声が言葉を超えた、胸のうちでもぞもぞする曼荼羅模様を音楽として削り出します。バンドの音はドライで、対照的にボーカルに残響の色味が乗り孤独を際立たせます。
歌詞のある部分と入れ替わりにテンホールズハーモニカの嘆きが迷い込みます。そこにぶすぶすとくすぶったいぶし火みたいなエレキギターのリードが応戦。どちらに譲でもなく夜通し議論に応じる覚悟です。エレキは歌詞のあるところでは本当にだまってしまって何も言わない。一通り相手の主張を聞いてからターンを尊重してカウンターするポリシーです。
左のアコギのストラミングがギターボーカルの当時演奏であっても良さそうですが録音作品としてボーカルと非常によくセパレーションしています。別録りしたのか、アコギボーカルは同時録りなのかわかりません。
エンディングでそれまで一度も口をひらかないピアノがおもむろに加入します。朝日が見えてきたのでしょう。お前いったいどこにいたんだ? 最初からいたんだと言うかもしれない。黙っていただけなのでしょう。リズムとコードの響き中心のピアノプレイが入ってくる。あくまで結論は主人に託すのスタンスです。でターミナルに着いたら何がはじまるのか。おもしろいこと、なんかいいことをおっぱじめるのみです。悲哀(ブルース)を無尽の燃料にして。
青沼詩郎
遠藤賢司秘宝館 | ENKEN HIHOU KANへのリンク
『夜汽車のブルース』を収録した遠藤賢司のアルバム『niyago』(1970)
豪華メンバーセッションによるカバー『夜汽車のブルース』を収録したサニーデイ・サービス×カーネーション×岸田繁(くるり) のライブアルバム『お~いえんけん! ちゃんとやってるよ! 2020セッション』(2020)