『益荒男さん』『大阪万博』と今月(執筆時、2020年11月)、立て続けに新曲を出したくるり。12月25日にはシングル『コトコトことでん / 赤い電車 (ver. 追憶の赤い電車)』を発売する。
赤い電車
『赤い電車』は2005年にシングルが発売されている。アルバム『NIKKI』(2005)にも収録。くるりが京浜急行とのタイアップを快諾して作った曲だという。当時、テレビCMも放送された。
私と母の会話の種
2005年当時、私はすでにくるりのファンだった。くるりの活躍の風は方々に届いていたけれど、このタイアップがあったおかげで私は自分の母親にまで自分の好きなバンドを紹介しやすくなった。「このCMの歌つくって演奏してるバンド」と言える。
実際に私がそうしたかどうかは忘れた。自分からそういう話をすることもない。訊かれたら照れくさそうにめんどくさそうに、いや、ただ平静に答える。そういう親子関係が私と母親のものだ(私はここに何を告白しているのか)。
くるりは私と母親の間の照れくささ(か何か)のハードルを越えさせるのだ。『赤い電車』以降も、「シゲイチ(岸田繁 交響曲第一番)」のことなど、私と母親のあいだではくるりや岸田繁氏に関わる会話がたまにある実感。「シゲイチ」を振った(指揮した)のは他でもない広上淳一氏で、広上氏は私が親の出資で通わせていただいた東京音楽大学の先生なのだ。合唱の授業の一環で、私は広上氏の指揮のもとプロコフィエフ(『アレクサンドル・ネフスキー』)を歌った(合唱に参加した)経験がある。
『赤い電車』の愛嬌、親しみやすさの理由
『赤い電車』のサウンドはピュンピュンいってて可愛いのだ。プログラミングの音が印象的に用いられている。これより前にくるりが出したアルバム『アンテナ』(2004年)ではドラマーのクリストファー・マグワイアがいて、バッチバチに土俵でしのぎを削るみたいなバンドサウンドが聴ける。だから、『赤い電車』との差異が際立って、双方が斬新に感じられた。
曲の「可愛いさ」を前段落で述べたけれど、理由はプログラムのピュンピュン音や打ち込みのリズムが出す落ち着きや安定感だけじゃない。歌いやすさがあると思う。
歌メロディが親しみやすい。理由は順次進行を用いていること、跳躍はほぼ和声音(そのときのコードに含まれる音)どうしの間でなされていることがあるのではないか。声域も、大事な部分はほとんど下のド〜9度上のレに収まっている。1オクターブちょっと出せればほとんど歌えるのだ。キーはFメージャー。
♪ファソラシドレミファソー
例外は歌詞♪ファソラシドレミファソーのところ。ここだけ歌が高い音域まで抜ける。9度に渡る順次進行を柔らかい声色で歌っていて心地よい。これは実際に京浜急行の電車が発進するときに観察(聴察?)できる電車の機構が発する音(※)で「ドレミファインバータ」と鉄道ファンの間で親しまれているものだ。
(※この音がする車両は減っているらしい。現在、確認するのは当時より難しいかもしれない。※本記事末「追記」参照)
この電車が発する音が音楽的にちゃんと音階になっているのは、メーカー(シーメンス社)がそのように意図的に調整しているからだという。
これが私には「ファ・ソ・ラ・シ♭・ド・レ・ミ♭・ファ・ソ」に聴こえる。B♭メージャースケールを第5音から始めて、上の第6音まで上行した音階。
これをくるりは『赤い電車』にサンプリング(採取)して、間奏に用いている。速さを調節(?)したり、逆再生で下行音形にしたりして曲に活用している。
曲がFメージャーなのに対し、私の耳がおかしくなければドレミファインバータが発する音階音は「ミ」がフラットして(半音下がって)いる。
「ファ」をフレーズの始点にしているから、これはFを第1音にしたミクソリディアンスケール(※)かもしれない。メーカー(シーメンス社)も、B♭メージャースケールじゃなくてFミクソリディアンスケールを意図してチューンしたのか(マニアックすぎる?)。
(※ソ旋法。圧倒的なシェアを誇る「ド旋法」からしてみると、第7音が半音下がるのが特徴。たとえばCミクソリディアンスケールなら「ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ♭」となる。)
ちなみにくるり『赤い電車』の歌メロの中では「ミ」はナチュラル。あくまでFメージャースケールで歌われている。ここをミクソリディアンにしてしまったら、メージャーの調性の美しさの均衡が害されるだろう。作曲における種々の判断や思考に私は想像をめぐらせる(ドレミファインバータの奏でる「ミ」がフラットして感じるのが私の幻聴だとしたら、全部勘違いだけれど)。音楽鑑賞の楽しみの至るところだ。
ちなみに「ドレミファインバータ」という愛称は、電車の機構が発する息吹をFのスケールと判断しているのであれば「移動ド」で呼んでいることになる。「固定ド」で呼ぶなら「ファソラシ(♭)インバータ」と呼ばねばなるまい。あるいはB♭メージャースケール(シ♭・ド・レ・ミ♭・ファ・ソ・ラ)でフレーズの始点が第5音と判断するなら、「移動ド」「固定ド」どちらの方式に従っても「ファソラシ(固定ならシ♭)インバータ」となる。ややこしいからやっぱりドレミファインバータで決まりだ。
青沼詩郎
くるり 公式サイトへのリンク
追記
鉄道チャンネル > さよならドレミファインバータ――京急がお別れイベント実施へ 台紙を開くと音が鳴る記念乗車券や特別イベント列車運行など
ドレミファインバータの音を聴くことのできた、希少な最後の1編成も2021年夏で「歌い終える」との記事。
リンク先の記事内で私の目を引いたのは、記念デザインの切符の画像。右端に五線譜が印刷されている。ト音記号に、調号は「♭」ふたつ。そこにドレミファインバータの息吹が譜面に起こされている。B♭メージャー調ととらえた意匠に思える……!(マニアック?)
引退、寂しいですね。ありがとうございました。
くるりのシングル『赤い電車』(2005年)
くるりのシングル『コトコトことでん / 赤い電車 (ver. 追憶の赤い電車) 』(2020年12月25日発売)
『赤い電車』を収録したくるりのアルバム『NIKKI』(2005年)
『コトコトことでん (feat.畳野彩加)』を収録したくるりのアルバム『天才の愛』(2021年4月28日発売)
『赤い電車』MVを収録したくるりのMV集『QMV』(2020)。『赤い電車』MV映像の見どころを力説する岸田さんのトークが印象的なオーディオコメンタリーも楽しめる。
ご笑覧ください 拙カバー
青沼詩郎Facebookより
“くるりのシングル『コトコトことでん / 赤い電車 (ver. 追憶の赤い電車)』が12月25日に発売。『コトコトことでん』には、畳野彩加(9月に配信された京都音楽博覧会で岸田繁楽団と共演、自らのレパートリー『白い光の朝に』と荒井由美『ひこうき雲』を歌った)が参加。
片面の『赤い電車』は2005年のシングル、アルバム『NIKKI』にも収録された曲。どこからどう見てもタイアップとわかるかたちで、電車愛と音楽で応えたくるり。2005年当時、我がことのように私は心おどった。プログラミングの音が前面に出ている点でも、新しいくるりサウンドだった。おまけに実際の電車の息吹を曲に取り入れてしまうなんて、シンバルで連結器の音を交響曲に表現してしまったドヴォルザークかよと感服。このラブソング(意味が変?)の新バージョンがどんなか、『コトコトことでん』とともに楽しみ。”
https://www.facebook.com/shiro.aonuma/posts/3432572370169746