泉谷さんと唄の市

泉谷しげるさんを、青少年期の私はテレビに出てくるタレントさんだと思っていました。

なんらかの分野で姿をあらわしたのち、マルチタレント(いろんな方面に才能を発揮するなんでもやさん)として活躍する方も多くいます。タレントさんという言葉の意味を厳密に分かっていて「タレントさんだ」と思っていた、というほどのこともありません。単に、テレビに出てくる有名な人、くらいの意味で私は泉谷さんを認知していました。

それも、しいていえば「怒りおやじ」キャラです(実際“怒りオヤジ”というタイトルのテレビ番組に出演する泉谷しげるさんを観たことがあったような気がします)。辛辣にものをいう、なんにでもなんくせつけそうな(これは偏見)、なんにでもかじりつきそうな(これも偏見)、「おはようございます」と声をかけただけで火に油を注ぐことになりそうな(最強に偏見)、そういうキャラです(どんなキャラ)。

あるいは、そういう(どういう!)役柄を演じる、役者さんである。それが青少年期の頃の私が有していた泉谷しげるさん像でした。

ところで2020年頃にこの音楽ブログを立ち上げてから、私は努めて音楽を聴くようになりました。初めて音楽のサブスクサービスに初めて加入したのはその数年前でしたが、2020年頃の音楽ブログ立ち上げ以降は、そのサブスクサービスの加入料金の元をとるどころか擦り切れる(なんてことはありませんが)ほどに聴くようになったのです。

サブスクサービスが面白い理由のひとつはなんといってもランダム再生です。

いま再生している楽曲だとか、あるいは特定のリスナープレイリストに自分の特定の趣味に沿って曲を集めてそのリストから楽曲を再生してほったらかしていると、単曲あるいはプレイリストに集めた楽曲群と関連のありそうな別の楽曲を次から次へと勝手にアルゴリズム的なものが判断し、再生を続けてくれるのです。こうして私が出会いを果たした楽曲はもう何千曲あるかわかりません。控えめにいうことなく、実際にすでに何千曲もあると思うのです。

それはそうと、泉谷しげるさんのことを、かつての私は「なんか怒りおやじキャラでテレビにしばしば登場する人」と思いつつも、「どうもミュージシャンとしてこの世界(テレビの画面)に姿をあらわし始めた人らしい」ということくらいはどういうわけか薄々知っていました。

サブスクサービスやネットをうろつきつつ『春夏秋冬』というすばらしい楽曲があるのに気づき、ミュージシャンの間柄においても、尊敬されたり愛好されたりしている泉谷しげるさんそのもの、あるいは広く「表現者」としての魅力に私も思い知り始めました(遅い)。

ある日、おそらく1970年代くらいの何かしらの音楽を再生していたのか、あるいは「泉谷しげる」だとか彼の名曲『春夏秋冬』を検索したのかはわかりませんが、ふと再生されたコンピレーションが『唄の市』というものでした。

これがまたその頃の私のしらないアーティスト名を多く含んだコンピレーションでした。「唄の市」について端的にいうと、エレックレコードの看板イベント的なものだといいます。エレックレコードはそれこそ吉田拓郎さんや泉谷しげるさんの作品を発表するレコード会社だというところでその毛色・毛並みを想像してもらえれば幸いです。「つまり」とくくるのも気がひけますが、ギターをジャガっとやってユニークな唄をポンポン生み出すアーティストに出会えそうなプラットフォームがエレックだ!……というのもまた私の誤解をふんだんに含んでいるかもしれません。

話がこじれていますが、サブスクで『唄の市』というコンピに出会い、そこに含まれる初めてふれるアーティスト名の唄に私は刺激をもらっているというところに話の腰をおろします。

初めてふれるそうしたアーティスト名のひとつがピピ&コットでした。ケメ(佐藤公彦さん)というこれまたたいへんユニークなソングライター・歌手を含み、『どうぞこのまま』をこの後年歌って有名な作品たらしめる丸山圭子さんを含むグループです。

ピピ&コット あこがれ(『唄の市 SECOND 番外編Ⅱ』収録)を聴く

作詞:おかどいくこ、作曲:丸山圭子。オリジナル音源はピピ&コットのシングル『愛をつかまえよう』(1973)に収録。

丸山圭子さんの透き通った歌声が魅力的です。最初のコーラスは右のアルペジオギターと左のオブリガードギターとメインボーカルのみの編成でしっぽりと聴かせてくれます。最初のABメロをやって帰結部にさしかかるときのボーカルの「ふわっ」と感じるほどの引き具合がよく、こういうダイナミクスのコントロールに歌のよさが光ると私は思っています。

バンドが入って、ハーモニーも入って一気にぶあつくなります。エレキベースのプレーンなトーン、オルガンがひゅるっとさりげなくハーモニーを厚くします。ギター類もストラミングで派手に倍音を出し華やかな様相です。

紅一点の女声ボーカルをバンドメンバーや複数の男声メンバーで囲う編成はたとえばピーター・ポール・アンド・マリー然りしばしばみかける編成ですが、ピピ&コットのように複数の男性メンバーを含みつつ複数の女声ボーカルを含んでもいるグループって案外限られるといいますか、あまりたくさん見たことがない気がします(“赤い鳥”がいるか。でも、やはり「数が多い」とまではいえないでしょう)。ハーモニーしてももちろん良いですし、この『あこがれ』を聴くとユニゾンしても極上の透き通った感じが出ています。おふたりの歌がそもそもうまいというか、良いのでしょうね。

ライブ音源のようですが良い状態、空気の質感、残響感が伝わってきますし、かっちりと的確な演奏を生でキメる技量もうかがえます。

楽曲としてはトリプレットのゆったりしたグルーヴでスペースが多い印象です。トリプレットなぶん、案外歌い出しのリズム起点の選択肢が多く、メロディのちょっとした音形がシンプルにみえて実はけっこうトリッキーなようにも感じます。それを簡単そうにさらりとシンプルに表現してみせているのも、やはりグループの音楽的技量がしっかりあるのを思わせます。

作品数や活動期間の長いグループではありませんが、2023年(執筆時)に聴き返して空を流れる雲のようなわびさびを匂いとっている私。こうしてコンピにして残してくれていたりサブスクに乗っているありがたみが深いです。

青沼詩郎

参考Wikipedia>ピピ&コット

参考Wikipedia>エレックレコード

ピピ&コット『あこがれ』を収録した『唄の市 SECOND 番外編II』(2013)

ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『あこがれ(ピピ&コットの曲)ピアノ弾き語り』)