『Automatic』MV 部屋にソファ 赤ニット

暗めのライティングで演出する、閉じたブラインドの前にひとりがけのソファひとつ。赤いニットの衣装の宇多田ヒカル。すっぽりおさまったりたちあがったり体勢をかえながら歌う映像。曲とともに大きなインパクトを与えたミュージック・ビデオ。記憶にある方も多いのでは。

途中で青い背景の部屋に変わります。宇多田ヒカルの衣装も白へ。背景はフレームのなかにフレームを重ねた風。長方形の枠が奥に向かっていくらか続いているように見えます。衣装のせいもあって、赤の印象の画面に青のカットを挿していますね。前者の印象が記憶を支配していました。そういえばこのカットもあったなぁと思い出しました。白い衣装のときのほうが髪型がやや幼くみえます。

エンディングで歌をはだかに(オケをオフに)した感じのミックス。記憶と違うミックスだったので意外な演出でした。フェイドアウトの原曲にピリオドする工夫でしょうか。これもまたカッコ良し。

曲の名義など

作詞・作曲:宇多田ヒカル。宇多田ヒカルのシングル『Automatic/time will tell』(1998)に収録。アルバム『First Love』(1999)にアルバム版を収録。

『Automatic』を聴く(『First Love (2014 Remastered Album)』より)

タイトなリズム。カッとキレの良いスネアにブンブンとベースが効いています。

ホアーとしたシンセの尾をひく音が和声。エレピでしょうか。ゆらめいた音色です。トレモロ。ストリングスもファーっとうしろに混ざっているような。

宇多田ヒカルの歌唱も複数のトラックでハーモニーを出します。

はじめのうちはとってもおくゆかしくいるのが、ワウのエレキギター。リズムにちょこっとアクセントを添えるようにチラ出しします。

エンディング付近にリードギターが派手に。

「ポルタメントする音」を説明するのに『Automatic』のイントロ付近はよい例ではないでしょうか。ひだりのほうから「ファーーラ♭ーファミ♭ー……」と聴こえてくるシンセがポルタメントしています。クロマチック(半音階)のあいだを経過する、無段階のカーブをおもわせる音色です。タイトなリズムとポルタメントの組み合わせが妙。

エンディング、フェイドアウトしていくボーカルフェイクに“Baby I Need You” “I Want You”などのことばが聴き取れました。力の抜けた自由自在な歌唱。お見事です。

“自動的” 歌詞の振れ幅、光陰、生感。

“七回目のベルで受話器を取った君 名前を言わなくても声ですぐ分かってくれる”(『Automatic』より、作詞:宇多田ヒカル)

スマートフォンを多くの人が使うようになりました。「受話器」は現在、インターフェイスとしてはマイノリティではないでしょうか。「受話器」がもうスマートフォンには組み込まれています。わざわざ、受話のみをするための形状をした機器がなくとも良いのです。だから、「受話器」の形を知らない人も今は増えているのではないでしょうか。

スマートフォンの、通話を受けたり、通話を終了したりする際に触るボタンのアイコンとして受話器の形が現在も用いられています。あのアイコンの意味がわかる人は、電話の歴史の一部を知る人かもしれません。

通話の方法や端末の形状が、いくらか今とは違ったものを想起しながら描いた歌詞と思わせます。

名前も、登録されている相手であれば画面に表示されるでしょう。番号が表示される場合もあるはず。出るか出ないかを、出る前に選べる。通話の常識も違った時代を思います。

もちろん、スマートフォンへの着信であっても画面など見ずに速やかに出るという人もいるかもしれまん。

“嫌なことがあった日も 君に会うと全部フッ飛んじゃうよ 君に会えない my rainy days 声を聞けば自動的に Sun will shine”(『Automatic』より、作詞:宇多田ヒカル)

発音のよい英詞を日本語詞に混ぜることで宇多田ヒカルは大きなインパクトをリスナーに与えたのではないでしょうか。スゴい子が出たと思った大人がたくさんいたのでは。

“自動的に”は「歌のことば」としては稀です。作詞の際は、遠ざけられることの多い、カタい響きを持った単語ではないでしょうか。ですがこれが歌の主題です。自分の意思など及ばずに、“君”との間柄に主人公は感性をはたらかせ、身体に反応が見られたり生理面に影響を来たしたりするようです。“自動的”を恋愛の表現に用いたのは、宇多田ヒカルの功績ではないでしょうか。

エルヴィス・プレスリーが歌った『Can’t Help Falling In Love (邦題:好きにならずにいられない)』を思い出します。止められない。ほかにしようがないさま。

福山雅治は『HELLO』で“恋が走り出したら 君が止まらない”と歌いました。

恋に落ちるのは、理性のブレーキの及ばないこと。さまざまな歌手や作家がさまざまなアプローチで表現してきたと思います。ですが、恋愛の一面を“自動的”……すなわち“Automatic”という切り口で表現したのは私は宇多田ヒカルしか知りません。

“It’s automatic 側にいるだけで 愛しいなんて思わない ただ必要なだけ 寂しいからじゃない I just need you”(『Automatic』より、作詞:宇多田ヒカル)

愛しさを超越しているのか。あるいは愛しいという尺度とは別物なのか。これも“自動的”の表現をフォローしているように思います。愛しいのでも、寂しいのでもない。車が走るのにガソリン(エネルギー)を必要とするのにも似ます。そこに、愛しいだの寂しいだのは及ばないのです。

ここで1コーラス目のAメロの折り返しの歌詞に戻ってみましょう。

“唇から自然と こぼれ落ちるメロディー でも言葉を失った瞬間が一番幸せ”(『Automatic』より、作詞:宇多田ヒカル)

“言葉”は理性の象徴に思えます。人間のアイデンティティです。それを失った瞬間……まるでガソリンを注がれた車みたいに、スペシャルな機能を発揮するのです。エンジンならば、「発動」でしょうか。「モノに成り下がる」は言い過ぎかもしれません。愛しいのでも寂しいのでもないけれど、あなたが必要……恋がヒトを原始に近づける瞬間を思います。

“ドキドキ止まらない” “キラキラまぶしくて 目をつぶるとすぐ” “ひとりじゃ泣けない” “指輪をさわればほらね” “体中が熱くなってくる” “ハラハラ隠せない 息さえ出来ない” “チカチカしてる文字 手をあててみると I feel so warm” “抱きしめられると”……

ヒトの血の通った生身を思わせるフレーズを潤沢に用いています。無機質の想起を誘う“自動的” “Automatic”の主題フレーズのイメージを払拭するばかりか、そのおつりだけで一生遊んで暮らせるくらいにヒトの生理や肉体を盛り込んでおり、それが大部分です。この塩梅、バランス感覚がポップソングとしての独創を光らせたうえで、多くの人に受け入れられた一因かもしれません。

“あいまいな態度がまだ不安にさせるから こんなにほれてることはもう少し秘密にしておくよ”(『Automatic』より、作詞:宇多田ヒカル)

“君”が、主人公にどの程度の好意を持っているのかが今はまだ計り知れないため、こちらの好意が大きいのを露呈するのは保留にしておこう……という魂胆でしょうか。双方の意思や気持ちの大小、そのバランスが恋愛を成立させるのか。手の内を明かすかどうか。恋愛に先手後手の利はあるのでしょうか。一生お互いを騙し続けた恋を愛と呼ぶのか……なんてね。

Fマイナー・A♭メージャー 平行調の光陰

Fmが原曲のキーだと思います。Bメロ、“嫌なことがあった日も……(2コーラス目:やさしさがつらかった日も)”のところで、平行調のA♭メージャーへのうつろいをみせます。コード進行的には|D♭ A♭/C B♭m|A♭|でしょうか。D♭→A♭で、Ⅳ→Ⅰの機能和声を感じます。「ここ、A♭調だな」と思うのです。D♭とA♭の間のコードは経過的なもの。

同じコードの動き(|D♭ A♭/C B♭m|A♭|)を3度繰り返し、主題のフレーズ“声を聞けば自動的に sun will…(2コーラス目:指輪をさわればほらね sun will…)”のところでG♭。これはA♭調の流れで聴かせるⅦ♭の響きだと感じます。

全音下がったコードを次の小節でA♭に戻し、さらに次の小節でD♭(A♭調のⅣ)→C7。ちょうどサビの“It’s automatic”を歌うところです。ここのコードの動き(D♭→C7)がA♭調でⅣ→Ⅲ7を聴かせた格好でもあり、同時にC7は元のFm調のドミナントでもあります。このドミナントを介してFm調に戻ります。

曲中でⅤmとⅤ(Ⅴ7)を使い分けているのも妙です。たとえば“七回目のベルで受話器を取った君”の直後に来るのはⅤm(Cm)。Bメロに入る前の“一番幸せ”のところではⅤm→Ⅴ。短から長へ、響きのうつろいを直接つないでいます。

サビ2小節目“その目に……”のときはⅤm。5小節目“ドキドキ止まらない Noとは……”のうしろ2拍分はⅤ。……といった具合です。

文章でわかりづらかったかもしれません。言葉の光陰とともに、コードにも光陰があって独創的なのだと……曲を聴いて感じていただければ幸いです。

後記

『Automatic』シングル発売の1998年、私は小学6年生くらいだったと思います。シングルCD、買って持っていた気もします。コード進行、歌詞のフレーズ・ことば選びの振れ幅などに注目して聴く子供ではなかったので、改めて発見に満ちた鑑賞ができました。

3〜4歳くらいしか違わない彼女がこんなものを発表したなんて……(10代の3〜4年間は大きいかもしれませんが)。すごい昔からいた歌手のような気がしますが、ちょっと上の先輩くらいの年齢なんだと認識をあらためました。私の加齢の感覚が鈍いのを差し引いても、宇多田ヒカルのキャリアの始まりが早いのは事実でしょう。

私が70年代くらいのポップソングや歌謡への関心を高めたのはごく最近のこと。藤圭子の『圭子の夢は夜ひらく』を最近鑑賞したのですが、その流れで宇多田ヒカル『Automatic』を思い出したので選びました。

小学生の私には「藤圭子? 誰やねん」(失礼)でしたが、とんでもない2世(ご両人)なのだと思い知った35歳の私。

青沼詩郎

宇多田ヒカル 公式サイトへのリンク

劇場版エヴァに『One Last Kiss』

複数のトラックに渡る繊細な高域の歌唱は彼女の持ち味。シンセをボディにした洋ポップ風の耳触り。エンディングの“吹いてった風の後に……”という日本語詞の部分が意外なフック。良い意味で裏切られ、注意を奪われました。『One Last Kiss』は『シン・エヴァンゲリオン劇場版』テーマソング。EP『One Last Kiss』(2021年3月発売)に収録されています。

『Automatic』を収録した宇多田ヒカルのアルバム『First Love』(オリジナル発売:1999年)

宇多田ヒカルのEP『One Last Kiss』(アナログ)

ご笑覧ください 拙演