映像

ピアノ弾き語り ヴァイオリニストと

泥臭いリズムが効いています。ピアノ、非常に上手いのですが綺麗に型におさまる感じでなく個性的に弾いていて快いです。歌声は土っぽく渋いです。1977年頃にリリースされたあどけなさ・かわいさ残るオリジナル音源の歌声の印象とまるで違いますね。経年の深みが奥行きを感じさせます。ピアノ弾き語りとヴァイオリニストによる2人編成の好演です。

カバー by 斉藤和義

このテレビ出演時のカバー、私みおぼえあります。この曲に初めて触れた経験がこの斉藤和義によるカバーでした。とてつもないギターの演奏力に度肝抜かれたのを強く覚えています。謎の枠のような不思議なセットの中に立つ斉藤和義。下向きに蛍光の灯りが灯って地面に反映してきれいです。黒いのボディのギターは斉藤和義のトレードマークですね。

曲について

原田真二のシングル(1977)、アルバム『Feel Happy』(1978)収録。作詞:松本隆、作曲:原田真二。

原田真二『キャンディ』を聴く

ざっくり聴く

笛の音、チェンバロ。右にチェロ。左に高音弦。コーラスがフー・ラーラーラーラ……。間奏のバイオリン奏法(ボリュームノブの操作でアタック音を消す)がオバケっぽい。ベースはハイポジも交えてオクターブを梯子で急降下するような音形。ドラムスはマイルド。奥ゆかしくアンサンブルを支えます。ギターはウォームでプレーンな音色でパラリンと。エンディングのピチカートが記憶にこだまします。

じっくり聴く

ドラムス

カドのまるい音作りでマイルドです。Aメロはリムショット。キレの短い音です。ほかの太鼓類もミュートが効いているかもしれません、短くほかの楽器の特性を邪魔しません。Bメロでスネアはリムからオープンショットに。1・3拍目にキック、2・4拍目にスネア。非常にベーシックなパターン。ハネたグルーヴの曲ですが描き込みすぎていないところが良いですね。Cメロ?のような低音位が下行するところではキックを裏拍に細かく入れています。ハネたグルーヴに沿ったストローク。……と思いましたがよく聴くとCメロ以外でも細かく裏拍にキックを入れていますね。ダイナミクスに大小あるので聞き流してしまいました。表現に幅のある演奏です。相当コントロールが良くないと真似できない。緻密で感心します。ブラヴォー。

ベース

Aメロ、音を非常に短く切っています。タイト。非常に多用なパーツ(モチーフ)を持った楽曲だと思いますが、それぞれにふさわしいパターンを演奏しています。タイトに音を切るAメロ、少し伸ばす音をうまく交えてビートに重さを与えたBメロ(“イバラに囲まれ……”)、ウォーキングベース風になるCメロ(”僕は君の中……”)。“寒い心” “夢の渦に”のところではオクターブで上から下に2めぐりほどして耳をほんろうする音形。巧みにパターンを変化させます。

ギター

右側と左側それぞれに寄せたギターがいますね。プレーンな音色です。ライン録音をふんだんにとっているのか。マイク録音にしても非常に明瞭で近い音像。パキパキとした質感。ナイロン弦のギターですかね。スティール弦でこの音出るかな……? カウンターメロディ中心です。チェンバロが和音を出しているのでこれでいい。Aメロではアルペジオ、Bメロでは強拍のダウンビードの刻み。間奏のところにはアタック音を消したエレキギター。ふぁーーんほぁーーんと立ち上がる音です。ヒューヒューという笛の音色のよう(……笛じゃないよね?)。エレキギターのバイオリン奏法だと思いました。右手(弦をはじくほうの手)の小指をギター本体のボリューム調節ノブに引っ掛けて、ボリュームを絞った状態でピッキングしたのちに瞬時にボリュームノブを回して音量を立ち上がらせる技術です。ボリュームペダル(足で操作)でも近い奏法が可能かも。繊細にピッキングしてアタックをあえて消していないところもあるし、発音後の半ばで音量をくぼませて揺らしてもいます。エンディングにも現れますね。音の立ち上がりが左から現れたかと思ったら右から現れる瞬間もあります。どういう定位づけなのでしょうか。ディレイやリバーブでこういう風になる? あるいは同じパートをトラックを分けて2回録音して左右に振ったのでしょうか。演奏の微妙な違いがゆらぎになって左右に現れるのです。ナイロン弦?ギターも同じパートの演奏を2回録って左右に振っているかんじがします。

チェンバロ

古楽器の音が曲になんともいえないダークファンタジー色を与えています。悪魔の棲む城……みたいな(想像がベタ?)。ナイロン弦?ギターとも時代設定の相性が良さそう。ブライトな音色です。Aメロではベースとコンビネーションして音を非常に短く切ります。Bメロではダウンビート。高音弦を強拍、やや低音の弦を弱拍で引き分けるパターンの8分音符で埋めます。3連のグルーヴ感が出ています。チャーコチャーコチャーコチャーコ……といった感じ(伝わる?)。チェンバロは爪のようなパーツが弦をはじくことで音が鳴り、消音のための機構(フェルト)が弦に触れる、もしくは自然な減衰で音が止まります。見た目は鍵盤楽器ですが、ボディの中で非常にギターと似た発音メカニズムによる物理現象が起きている楽器です。音色もギターとは全然違うといえば違うのですけれど、似ているっちゃ似ているでしょう? どこまでも軽くチャリチャリと明るい倍音のキャラクターはギターの追随を許しませんが。ですので原田真二『キャンディ』ではリズムストロークの主権をギターではなくチェンバロが握っている印象です。ゆえに、ギターがカウンターラインやアルペジオにまわっている。複数のギターでこれらの役割を割り振るのが一般的なバンドの編成あるあるですが、チェンバロが入って特別な曲想を醸すのに成功しています。どんな歌謡曲にも埋もれない個性が光る一因でしょうね。

ストリングス

右にチェロっぽい低域にコシのある弦がいますね。左に高音弦がいます。Bメロ“イバラに囲まれ……”のところでは細かめな刻みで歌へのカウンターラインを低音弦が演じます。Aメロでは1和音1ボウイングでサスティン音。Cメロ“僕は君の中……”では左側で高音弦がメロウに歌い、“寒い心”ではうってかわってヒステリックにスクリーム。それにつづく低音位が下行するところではまたメロウに保続。間奏ではエレキギターのオバケソロを見届けたのち、中央にソロヴァイオリンがあらわれます。このパート、ソロが明けたあとにもそのままカウンターラインを演じるのですが追い続けているとそのまま定位が左にハケていく?! ステージだったら歩きながら弾いて中央を退いていく感じですかね。徐々に変化するので歌を聴いているうちには気づきませんでした。エンディングのポン!というピチカートは曲の顔というくらいに強い印象を残します。お尻にいるのにお顔並みの存在感! 価値観をくつがえす演出です。

ボーカルトラック

原田真二の声のキャラクターが圧倒的です。なんというかもう、カワイイ! くすぐったいくらいカワイイです。でももちろんただカワイイのではない。とてつもない牙を隠している。永遠の若さを手に入れた悪魔城主です(何を言っとんのやワイ)。当時19歳くらいだったと思われます。お若い。ですが、すでにすごい技術と表現を持っておいでです。“キャンディ I Love You”の発音の良さが光っています。目が覚めますね。

コーラストラックが彩をさまざまに変化させ場面を演出します。“イバラに囲まれ……”のところでは「ルルルルーーーラーーラーーラーーラ……」。“そのやさしい手で包んで……”のあとではメインボーカルの空白を埋める「ウーウーウーウーウー……」。低音を削いだ透明な声色です。中性的(中世的?)。

歌詞

キャンディは甘い。包み紙に入っています。何かの比喩でしょうか。サウンドを聴き取って中世中世と騒いだ私ですが、絶対に中世を描いた歌詞でもありません。ですが中世と思って味わうとそう思えなくもありませんね。

“誰も君の髪 さわらせたくない 死ぬまでぼくのものさ 寒い心 そのやさしい手で包んで”(原田真二『キャンディ』より、作詞:松本隆)

君を独占したい……“キャンディ”は君の比喩でもありそうですが、寒い心を包んで欲しいのが“ぼく”なのだとしたら、“ぼく”こそが真のキャンディかもしれません。“君” “ぼく” 一対の“キャンディ”の物語なのだと。

ワンコーラス目の歌詞をもう少しよく見てみます。

“キャンディ I Love You 目覚めてよ 窓を越えてぼくは来た イバラに囲まれ 眠る横顔を 揺り起こすのは風さ キャンディ I Love You 許してよ ダイヤモンドは持ってないけど 草の葉に光る 朝のきらめきを 素肌にかけてあげる ぼくは君の中 溶けてゆく”(原田真二『キャンディ』より、作詞:松本隆)

超人間。自然の存在が僕? 風や光のようなもの? それも広義の“キャンディ”なのかもしれません。

人間も自然の一部。いち人間のぼくには、「窓を越えてやって来て君をゆり起こすぼく」や、「美しい自然のきらめきを君の素肌にもたらすぼく」、そうやって「君の中に抽象として溶けてゆくぼく」が含まれている。それってまるで、“キャンディ”みたいじゃないか。そうとらえるのもありかもしれません。

屁理屈ですが、キャンディの原料のお砂糖だって、太陽のめぐみを受けまくって育った自然物から取り出した甘味です。それに香りや風味をつける原料だってそう。

で、くどいようですが、キャンディは君でもあってぼくでもある。お互いがお互いの“キャンディ”なのです。

感想

抽象ありファンタジーありのサウンドと言葉の世界。その表現者は、ルックスも声も甘美そのものといっていい原田真二。そのうえ常人ばなれした音楽家のスキルを備えています。これは相当にセンセーションなデビューだったんじゃないでしょうか。1970年代を10代の女性として過ごす人生が私にあったら、原田真二に狂喜していたかも。そんな想像もまた、まぼろしのキャンディ・フレーバーです。

青沼詩郎

原田真二 公式サイトへのリンク

Wikipedia > キャンディ(原田真二の曲)

松本隆トリビュートアルバム特設サイト 初回限定生産盤特典本に原田真二が松本隆に寄せるメッセージが掲載される。

原田真二『キャンディ』を収録した『Feel Happy 2007~Debut 30th Anniversary~』

『キャンディ』斉藤和義によるカバーを収録したコンセプト・アルバム『紅盤』(2007)

ご笑覧ください 拙演