作詞・作曲:丸山圭子。丸山圭子のシングル、アルバム『黄昏めもりい』に収録(1976)。

くすんだ感情、憂鬱な表情が雨の匂いと一緒に立ち込めてきます。短調のころころ浮気するように響きを変える不安げな感じと大人なオシャン感。紙の上でにじんだ水彩画のようでもあります。

丸山圭子さんの甘くあどけなさも残る声が愛嬌ある確かな歌唱。楽曲の大人びた印象とかけあわさって、振れ幅を呈しており、そこがこのレコードのフック、ツカミになっている感じがします。

太く豊かな音色のベース、繊細なドラムのリムショットのダウンビート感が確かな基盤を築き、感情を乗せて恒常なペースで情景をうつろわせます。都市でバスに乗りながら車窓にぴたぴたと降りては流れる雨の模様を見ているみたいな気分になります。

エレクトリック・ピアノが自由で奔放で、かつこれまた確かな演奏です。ポーンとゆらめく余韻、サスティンで音の壁を豊かにする、かと思えば要所で短くキレの良い、休符を生かしてアクセントを添えるようなプレイを見せます。音楽における役割の壁さえもするっと超越して気まぐれに顔を出す。この楽曲のキャラクターの表現において一役買う重要なパートに思えます。サビ前の半音で駆け上がるようなフレーズが耳をひき、拐っていきます。主題のフレーズ“どうぞこのまま”に結束する最上のフィルイン。またエンディングでは半音進行で沈み込むようなリードをみせます。感情を揺さぶって着地。これで終わるオチの良さに置いてけぼりにされた私の心が呆けます。その刹那、「(うわぁーー……)」っと感情が胸の中で騒ぎ出すもどかしい感覚。お見事です。

左のほうでチロチロとグロッケン。耳ざわりのよい、絹と木綿のいいとこどりをしたようなボーカルの独特の質感、バンドのベーシックの豊かな質量感で過不足なくキマっているサウンドにちょっとした香気を添えます。ろくでもないことをささやく小悪魔みたいな感じです。主人公の耳に届いてはいないような「分断」も感じる絶妙なところです。

ストリングスがサーっと麗しくあたまの上のほう、天井付近に風を吹かせます。バンドとボーカルの音で決まった平面画を、生で目撃した実体験に昇華するようで優雅。品格が増強されるようです。

“ふれあうことの喜びを

あなたのぬくもりに感じて

そうして 生きているのです

くもりガラスを 伝わる

雨のしずくのように

ただひとすじに ただひとすじに

ただひたむきに”

(丸山圭子『どうぞこのまま』より、作詞:丸山圭子)

雨のしずくの軌道。そのまっしぐらな様やじわじわと彷徨う様子など、想像に幅をもたらします。刹那のまじり気のない純心、イノセントな恋を象徴したコーラスのライン。反復を効かせたシンプルなフレーズですが、噛むと味が広がります。口の中に残ったミントのガムを吐き出して捨てるタイミングを決めかねるときの自分の心を思い出します。

“それは ばかげたあこがれか

気まぐれな恋だとしても

雨は きっと 降り続く”

(丸山圭子『どうぞこのまま』より、作詞:丸山圭子)

1コーラス目で、雨のしずくの軌道にフォーカスして凝縮した象徴を描いた妙味がありました。2コーラス目では「ばかげた」と、強く濁る音・言葉の意味で水彩のタッチにボタっと油をこぼすようなアクシデントを呈する作詞が妙味です。「雨」の表情も、人の心のように、風に吹かれてどこにでもいってしまう紙切れのように状況に左右されるあやうさをもっています。1コーラス目と対比させ、共通する「雨」というモチーフをつかって場面転換や状況の変化を想像させます。お見事。

“さよならは 涙とうらはら

冷めたコーヒーのようなもの

だから いつまでも このまま

どうぞうこのまま どうぞこのまま

どうぞやまないで”

(丸山圭子『どうぞこのまま』より、作詞:丸山圭子)

冷めたコーヒーも、確かな腕前で提供された上等なやつは美味いです。むしろ熱いときには、熱さにマスクされてしまっていた機微までみえてくる。冷めたコーヒーをむしろ好む人の声も聞いたことがあるくらいです。ちょっとマイノリティ、少数派の嗜みかもしれません。

コーヒーに、そもそも、「あたたかいこと」に対して価値を見出す見方もあるでしょう。その価値観の主にとっては、冷めてしまったコーヒーはまるで抜け殻です。「熱」自体が魂みたいなものなのですね。それは時間とともにどこかへ逃げ、散ってしまう。世界のどこかを巡っているはずなのに、この手に残るものは何もない。熱と恋は結びつきのよいモチーフです。その反転として、冷気、「冷え」と恋もまた歌になる。映える対比です。

“どうぞこのまま”をリフレインするコーラス。自分のおかれた状況を俯瞰したような心の温度を感じます。おのれの状況、関係のうつろいの現在地を知覚しており、それを肉体からすこし距離をとったところで他人ごとのように見やっている。そんな、ちょっといびつでヘンクツな、大人びた情景を思わせる妙作。

青沼詩郎

参考Wikipedia>丸山圭子

参考Wikipedia>どうぞこのまま

丸山圭子 Official Web Site

参考歌詞サイト 歌ネット>どうぞこのまま

『どうぞこのまま』を収録した丸山圭子のアルバム『黄昏めもりい』(1976)

ご笑覧ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『どうぞこのまま(丸山圭子の曲)ギター弾き語りとハーモニカ』)