Fの気持ち リスニング一寸メモ

作詞・作曲:吉田拓郎。吉田拓郎のアルバム『午前中に…』(2009)に収録。

ごきげんなフォーマット、ロックンロールに乗ってコードネームに恋愛のいろいろなプロセス、イベント、フラグ、事変のもろもろが重なるような、遊び心が踊りアイディアが闊歩する妙作です。

コーラス(サビ)はA♭→B♭→Cと、実際のコードネーム・調性と一致した歌詞を叫びます。Ⅵ♭→Ⅶ♭→Ⅰの進行になっていて、最近私が鑑賞した楽曲でいうとシーナ&ロケッツの『YOU MAY DREAM』を思い出します。『YOU MAY DREAM』も同じ進行をコーラスの部分、“それがあたしのすてきなユメ”と歌う部分でⅥ♭→Ⅶ♭→Ⅰしています。

『YOU MAY DREAM』1:21、2:32あたりのコーラス(サビ)のⅥ♭→Ⅶ♭→Ⅰ。

音楽的なスタイルが、その焦点がごくごくはっきりしていると、歌詞をすらすらとのせやすいであろうことはなんとなく私も共感するところです。ただ『Fの気持ち』は、ただただスリーコードを使っただけのような、ほんとうにロックンロールのありきたりなフォーマットを利用しただけの平凡な意匠ではなく、ベースがなめらかに順次進行していくなど、ポップソングとして幅の広い文脈の影を背後に連れた音楽の意匠を感じます。

さまざまな音楽性をとりいれて、しかしご自身の作家性の芯のようなものはぶれることなく(あくまで私にそう見えるだけ)かつ柔軟に、1970年代頃から、ながくながく、自演作でも楽曲提供でも巨大な存在感を示してきた吉田拓郎さんが、2000年代の終わり頃に、このごきげんで楽しくてちょっと苦いような甘いような、さらにいえば「コードの響き」という愛すべき音楽の細部を歌詞のモチーフとして恋愛や人間関係の機微に重ね合わせて表現した、そしてそれが底抜けに楽しい仕上がりになっていることに、私は嬉しいような心の温度が高まるような気分を感じています。それが私的な“Fの気持ち”かもしれません。

密集したC、絶対王者なE

(以下はすべて、6本の弦のギターのレギュラーチューニングで押さえるコードを想定して話を進めさせていただきます)

“初めは誰でもCから どきどきしながらCから 僕は少しませてたからEから入ってしまった”(『Fの気持ち』より、作詞:吉田拓郎)

Cコードは人差し指と中指の間が少し開きます。案外、Eのほうが指の間隔がまとまるので、押さえやすいと感じる入門者も多いかもしれません。

Cは薬指で押さえた5弦に根音(ド)があり、そのすぐ上の4弦に三度上の音(ミ)をつくるフォームになり、上までずらりときれいに3度を積み上げた、まあるいパン生地を麺棒でかるく延したような密集してほころびのない印象の響きになります。一番低い6弦はミュートするなどして用いないのが基本ですが、トップノートは1弦の開放で「ミ」であり、根音に対してオクターブ以上離れた第3音なので、6弦を用いない狭さはありますが、比較的きらびやかで明るい響きをもちます。5つの弦が担当する音のなかに、第3音の(ミ)が、オクターブ関係で2つ存在していることが、ちょっとモサっとして垢抜けきらない所以かもしれません。もちろん、それはそれで「厚み」ともいえるきれいな響きです。

図:Cコードの押さえ方の例。

対してEは6本の弦をすべてつかいます。根音のミは6弦の開放弦。6弦のすぐ上の5弦では5度上のシ、その上では根音とオクターブ関係のミが4弦で鳴ります。この根音のオクターブ+まんなかの第5音が一番下の音域にいるのが磐石で堅牢で、その上に3弦でソ♯、2弦開放でシ、1弦開放でミがならびます。6本すべての弦をフル活用し、第3音(ソ♯)は真ん中のちょっと上あたりに一個のみ、第5音はオクターブ関係で中心を広げるように2個、根音は1オクターブ上+2オクターブ上に全部で3個存在し最低音と中央付近と最高音を担当していて音域のエッジと芯を確保します。ワイドで豊かで地盤の確かな、バランスと質量を兼ね備えたエネルギッシュな響きはさながら絶対王者でしょうか。

“ませてたからEから入ってしまった”主人公は、音や響きに対して高い感性を秘めていそうです。

図:Eの押さえ方の例。

ちなみに

“間違ってもマイナーからやるのは ちょっとね!やめてネ! それでもやるならEマイナーなら 甘くて 暗くなくて”(『Fの気持ち』より、作詞:吉田拓郎)

とありますが、先に述べたEのなかで3弦が鳴らしていたソ♯を半音下げて(そこを押さえていた指を一本離して)、3弦の開放でソを鳴らせすようにすればEマイナーの出来上がりです。Eメージャーコードの音のならび順と同様、ワイドで質量感と均整の機微ある出音です。マイナーの性格を決定づける第3音(ソ)が、6弦と1弦のなす2オクターブの間に埋められているためか、マイナー特有の臭みが薄く、歌詞にある“甘くて 暗くなくて”の表現にうなずくばかりです。

図:Emの押さえ方の例。

バレーコードのBはゲームチェンジャー?

“EはAへとつながって 盛り上がって行くはずだった まさかBなんてややこしい トラブルになると思わずに”(『Fの気持ち』より、作詞:吉田拓郎)

Eは6弦の開放、Aは5弦の開放で根音を出すローコードで、このふたつはオープンな響きを活かした組み合わせです。Eメージャー調においてAはⅣ、サブドミナントです。EとAをひたすら繰り返せば、Ⅰ→Ⅳ→Ⅰ、すなわちTST型のカデンツ(T:トニック→S:サブドミナント→T:トニック)の連続となり、足場のよい道なりに歌唱やギターソロを語り進めていくことができるでしょう。EとAだけでも、コードチェンジのタイミング、すなわちひとつのコードに割く時間の長さや位置を巧みに配分することで、盛り上がりやメリハリを演出するのはお手の物。

図:Aの押さえ方の例。

Bはバレーコードで、人差し指を寝かせて複数の弦をまとめて押さえ、Aコードの相似形を長2度上に平行移動させて念写するようなコードになります。このバレーコードがやっかいで、5弦と1弦の両方を、寝かせた人差し指の複数の点(≒面)で押さえ続けなければなりません。

図:Bの押さえ方の例。

EとAだった選択肢に、Bが加わるだけで、どれからどれに進行するかのバリエーションも一気に広まります。これはややこしいことになりました。バレーコードのハードルもあって、場の空気やメンタルに不和を来すかもしれません。EとAでシンプルにいい感じだったのに……!?

ちなみにEとAとBがあればEメージャー調のスリーコードを満たします。トニック(E)、ドミナント(B)、サブドミナント(A)と大別できる機能をもつという響きの違いを活かして、音楽に「トラブル」でもなんでも起こせそう。

Fへの道

“いつかはFにたどり着く イライラする日が続くだけ 乗り越えなければ先はない 勇気とやる気とリズム感”(中略)“ところで僕はFが好き 恋もギターも初心者は しつこくつき合う気があれば Fほどせつないものはない”(『Fの気持ち』より、作詞:吉田拓郎)

ギター入門者潰しの代名詞、コード・F。出ましたね。寝かせた人差し指一本に6・2・1弦のみっつを同時に押さえる問題児です。先ほどBを「Aの平行移動」風に書きましたが、FはEを平行移動させるために、人差し指で移動先の「フレット・ゼロ地点」をつくってやるべく身を捧げることになります。

図:Fの押さえ方の例。

Fは6弦から1弦までつかうメジャーのハイコード(バレーコード)の定型ですので、習得すれば、同じ指づかいの平行移動でほかのメジャーコードを鳴らせます。先ほどのBは5弦から1弦までをつかうメジャーのハイコードの定型なので、FとあわせてB(B♭も同型)を習得すれば、6弦の低いところから5弦の高いところまでの音域を根音とするメジャーコードを味方にできます。“乗り越えなければ先はない”の歌詞に、Fを習得することによる応用の幅、可能性の広まりが暗示されています。

FはCメージャー調におけるサブドミナント。Ⅳの和音です。先に登場した、Eメージャー調における「EとA」の関係に相当するのが、「CとF」の関係です。サブドミナントは“Fほどせつないものはない”の言葉どおり、とてもエモい響きを持っています。音声を含むメディアに触れる生活をしている人であれば誰でも、サビがⅣではじまるポップソングに一度はふれたことがあると思います。

吉田拓郎さんの作品でいえば、私がぱっと思いつくのは『人生を語らず』でしょうか。こちらはEメージャーキーで、メロもサビもどちらもA(Ⅳ、サブドミナント)ではじまります。Cメージャー調でいうところのFにあたるコードですね。ちなみに『人生を語らず』はEとAを頻繁に使用して盛り上がりをキープしていくあたり、いかにも主人公が『Fの気持ち』に至るまでのハイライト、論拠や背景として格好のものに思えます。

ちなみに、サビの頭でⅣのせつなさがドーンとくる感覚が分かりやすい楽曲で個人的に思いつく一例として、KinKi Kidsの『フラワー』を挙げておきます。

“ギターがもしも女なら Fは男の権利なのさ 彼女の背中に手をまわす そんなスリルこそ人生さ”(『Fの気持ち』より、作詞:吉田拓郎)

なんらかの色情や濡れ場的なシチュエーションを想像してしまうのは私に問題があるのかもしれませんが、少しでも自分も想像したよという人はまぁ見逃してください。男がどうとか女がどうとかいうことの良しあしはさておき、純粋に、誰かと誰かが関係を築き、お互いに幸福をもたらしあう間柄になることは、色恋だろうと友人だろうとビジネスパートナーだろうと、人生で最も痛快で充足をもたらすトピックであることは、深く肯定しておきたいと思います。「人の間」と書く字の通り、社会を形成して生きる人間の最果ての命題、そのコードこそがFなのです。

余談 Fの抜け道

図:Fの押さえ方のバリエーション例。

入門者の出鼻をくじきがちなF。手のサイズが許す人は、ネックを握り込んでしまって親指で6弦を押さえるフォームもつかえます。人差し指は1・2弦を押弦。バレーコードのフォームが長時間連続すると、習熟した人でも腕や指が疲れることもあると思います。特に前後のコードが親指が指板の上に出るフォームの流れの中で用いるとスムースに。状況に応じて押さえ方を使い分けてもよさそうです。

Fコードはファラド(F,A,C)の和音です。Fに限らず、6本の弦全てを用いなくても、最低限のハーモニーを形成できます。たとえばFなら、人差し指のファ(6弦)、薬指のド(5弦)、中指のラ(3弦)のみでファラドが揃います。また、低い方の弦2本程度、根音と五度音の平行移動でプレイするパワーコードというのもあります。

全ての弦をフルにキレイに鳴らすのはもちろん必須のスキルですが、入門者の方はFの6本の弦がキレイに鳴らないことで苦しむより、鳴らせる弦のみで音楽を楽しむうちに、いずれ思い通りに全ての弦を響かせられるようになるのが良いと私は思います。

余談の余談 逆にバレー

図:Aの押さえ方のバリエーション例。

同じフレットを押さえる弦が複数隣り合っているときは、一本の指にまとめてしまえます。Aコードに指を3本もちいる押さえ方を基本とする教則本もあると思いますが、私はまとめ指を好んでつかいます。自由になる中指、薬指、小指で高音弦の音程を動かすアレンジが効きます。

図:Bの押さえ方のバリエーション例。

同様にBコード型のフォームも4・3・2弦をまとめてしまえます。Aのときより自由になる指が限られますが、一瞬でフォームをつくりやすいので重宝します。Aのまとめ指と共通していえますが、寝かせた指が1弦の響きを阻害しやすいのでそこは注意が必要です。

青沼詩郎

参考Wikipedia>午前中に…

参考歌詞サイト 歌ネット>Fの気持ち

『Fの気持ち』を収録した吉田拓郎のアルバム『午前中に…』(2009)

ご笑覧ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『Fの気持ち(吉田拓郎の曲)ギター弾き語りとハーモニカ』)

よしだたくろう