作詞:まど・みちお、作曲:渡辺茂。1954年、雑誌『保育ノート』九月号で発表。初めての録音は1956年、小川貴代乃。

小鳩くるみ版を聴く

編曲:筒井広志。

短い楽曲を巧みに絢爛に演出しています。テンポが緩むところ、好きです。

ミューテッド・トランペットでしょうか、パカパカとチャーミングな音でリズムのアクセント。ビブラフォンが左右に振ってあります。ツイン・ビブラフォン(?)のアレンジは初めて聴きました。エレキギターの脇役感よ、短くリズムを置いたりアルペジオしたりと演奏が確かです。

ストリングスの高域のスーっと伸びやかなサウンドが壮麗で優美な印象を与えるところでしょう。エンディングのクロマチックスケールがアクロバティックで聴き飽きません。

ベースがタイトでサウンドの中心。ドラムスの印象はほとんどハイハットが占め、あとは太鼓系のパーカッションの印象が次いでくるかなという感じ。スネアやキックがドンスコ鳴るアンサンブルではありません。その必要もなし。

小鳩くるみさんの存在を私がはじめて知ったのは『ピンポンパン体操』でした。はつらつとして元気がよく、うるわしくみずみずしい歌唱は万人に好かれる塩梅で稀少だと思います。どうしてもわずかにあざとさや粘着感・歩み寄り感が表出してしまう童謡歌手は世に多いと思うのです。小鳩さんの歌唱はさらりとして秀逸だと感じます。

小川貴代乃、北野修治版を聴く

編曲は作曲者の渡辺茂。こちらが『ふしぎなポケット』の「数え歌バージョン」の初録音作品(1957年)でしょうか。木管の合いの手やユニゾンが可愛らしい。ピアノはちょこまかと幼児っぽいかわいらしさで細かい足取りをみせたかとおもえば、テンポがゆるむところでは何オクターブも往復するアクロバティックで絢爛なアルペジオをみせます。シロフォンがカチカチと硬質できれの短い、コミカルで快いトーンです。極め付けはスライド・ホイッスルですね。ビスケットの「オモチャ」感が出ます。

歌唱の確かな発音、音程もたいしたものです。小川貴代乃さんは誕生年とレコードの発表年からすると当時10歳くらいのはず。かわいらしくも、堂々としてスックと立った歌唱で自然な愛嬌も感じます。北野修治さんのほうがいっこ上のようで11歳くらいでしょうか。ふたりの歌声のキャラは接着しているといいますか、歌い分けをあまり感じさせず自然です。ちょっとあどけないほうが小川さんでしょうか。ユニゾンするところは声質がよく揃っています。

カウント・アップしていくアレンジで数え歌として歌うバージョンはまど・みちおさんの了解のもと実現したようです。ボーリュームが出るので数え歌として園児などと楽しむには取り回しが良さそうで、歌が広まるのを増長したアレンジかもしれません。音楽作品:ボーカルミュージックとして鑑賞するには、数え歌バージョンは歌詞が冗長に感じられてしまいます。

歌詞

“ポケットのなかには ビスケットがひとつ ポケットをたたくと ビスケットはふたつ もひとつたたくと ビスケットはみっつ たたいてみるたび ビスケットはふえる そんなふしぎな ポケットがほしい そんなふしぎな ポケットがほしい”

(『ふしぎなポケット』より、作詞:まど・みちお)

欲望の歌ととらえるのは汚れた私でしょうか。ポケットのなかには万馬券がひとつ……たたいてみるたび……などと下品な妄想をしてしまいます(競馬やらないし知らないし)。

資源は限りあるから貴いものなのです。無尽蔵に増えるものなどない。ドラえもん的な世界を思います、こんなこといいな、できたらいいな……「もしも」「あったら面白い」の世界、SF……すこし・フシギですね。そんなふしぎなポケットは現実にはなかなかないと思うのですが、そういうものがあったらどう思う?? すごくないか? よだれが止まらない! 永遠に美味しいビスケットが食べられちゃう! 脳内がフィーバーしそうな想像の楽しみを、その機会を幼い子に与える、短くもシンプルで秀逸なテーマを映した歌詞です。

ないものをおったてる能力、想像。嘘や実態のない観念を扱うこと。そういう知性が、現在地球上に活きている人類の祖先が生き残った理由なんだとか。体格や身体能力の面では、もっと強くて優れた人種があったのに、現在の我々の祖先がすぐれていて生き残ったのはそうした、「想像」を存在するものとして手に取れる(喩えですが)知性が決め手となったそうです。『ふしぎなポケット』は人類の祖先にまで想像を飛ばしてくれるすごい歌。

図:『ふしぎなポケット』ボーカルメロディの採譜例。同音連打と和声的な跳躍の歌い出し4小節は主和音の構成音だけで出来ており、上への方向性を感じる音型。対して5小節目(図中下段)以降は同音連打と順次進行のみで平滑に主音に着地する小鳥の如し。リズム形が至ってシンプルで、万人に歌いやすい一因でしょう。平易なのですが、前半と後半にキャラクターの違いを感じる秀逸なメロディです。どんな言葉を当てて替え歌をつくっても、それなりに歌えてしまいそう。基礎的な音価に揃えて音符化してしまうと単純ですが、実際は“ビスケット”と云うところでリズムが密になって緩急が生まれています。「ポケット」や「ビスケット」と、破裂音・半濁音・濁音の語頭をもつうえ、促音(つまる音。「っ」)を含むモチーフ選びがアクセントになって歌をにぎやかし、楽しげな雰囲気づくり貢献しています。リズミカルに歌詞をしゃべるだけでも楽しい。音程が曖昧な幼児とも一緒に楽しめることうけあい。

青沼詩郎

参考歌詞サイト 歌ネット>ふしぎなポケット

参考Wikipedia>まど・みちお

参考Wikipedia>渡辺茂(作曲家)

参照Webサイト 池田小百合なっとく童謡・唱歌 『ふしぎなポケット』の出自についてはWeb上に安易な検索で出会える詳細が少なく思えます。確かな資料を根拠に、『ふしぎなポケット』ほか数多の童謡について、作曲や作詞の経過やいきさつ、作品としての造詣、意匠を観察し尽くす頭抜けた専門性を発揮する垂涎のWebサイトです。

小鳩くるみが歌う『ふしぎなポケット』を収録した『決定盤 よいこの童謡』(オリジナル発売年:2005)

小川貴代乃、北野修治が歌う『ふしぎなポケット』を収録した『昭和の童謡のあゆみ~キングレコード90周年を彩る100曲』(2021)

ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『ふしぎなポケット 童謡 ピアノ弾き語り』)