MV
高層ビルの都市に船で迫る。ロケ地はどこでしょう。クラシカルな車、廃墟のような建物。スタジオでの様子、エンジニアとの会話。建物の屋上にのぼって遠くへまなざしをやります。うしろにキース・ヘリング?のような壁絵……ということは……なんとなく、ニューヨークでしょうか。
短くきめている髪型はこの頃のGAOのトレードマークか。アパートメントのような建物の中にもキース・ヘリングっぽい壁絵。生活圏なのでしょうか、街で偶然会った風の女性と小さくハグ。信号機に「WALK」の文字。歩くGAOを橋の上から眺める長髪の人は誰か。
歌詞「輝いて」のところで両手を高らかにあげるスタジオでの演技がクロス。「CYCLONE」と掲げられたジェットコースターの前を行きます。遊園地でしょう、観覧車を前に、花を持って少女のもとにしゃがむみます。遊園地は浜辺にある立地がうかがえます。デッキを抜けると海。駆けていくGAO。スタジオで天を仰ぎ、あご・のどのラインがうしろからの照明で浮かぶ画に、波打ち際へ駆け寄る様子がクロスしてフィニッシュ。中央に字幕で“For every good friend in N.Y.”。やっぱりニューヨークがロケ地だったのですね。(見る人が見れば言うまでもない?)
曲について
GAOのシングル、アルバム『Roi Roi』(1992)に収録されています。作詞:GAO、作曲:階一喜(かいいっき)、編曲:山内薫、井上徳雄、GAO。日テレのドラマで髙嶋政宏や鈴木京香が出演した『素敵にダマして!』の主題歌(詐欺師の出てくるお話だったようです。詐欺師と聞くと近年だと『コンフィデンスマンJP』などが思い浮かびます。題材に詐欺を用いた娯楽作品にも脈々と歴史があるかもしれません)。
GAO『サヨナラ』を聴く
エレキギターのブリッジミュートで幕開け。曲の印象の主成分のひとつです。Bメロでは歪んだギターが入ってきます。サビではパワーコードでしょうか、オープンなサウンドでイントロよりも歪んで聴こえます。ブリッジ・ミュートでオープン・クローズを交ぜてリズム、ノリを出したプレイです。やや右から聴こえるこの歪んだギター以外にもクランチくらいの感じの歪み具合のブリッジ・ミュート、それからややコーラスがかったアルペジオフレーズがいる気もしますがシンセの音や既存の音がそう聴こえるのかも? 微妙なところです。使用機材の実際はわかりませんが全体的にレス・ポール……ハム・バッカー系のコイルのカドの潰れたマイルドなサウンドのギターを想起させます。
長めの間奏のところはちょっとヒネリがあって、何がヒネリかといいますと「遠くへ」「もっと遠くへ」といった具合の発声で、しばらくメインボーカルがまだいるのです。一概に「間奏」とも言いづらい。そのままⅦ♭のコードでギターソロに突入します。ですがⅦ♭に入るよりも前、「もっと遠くへ」を2回目に言うあたりからすでにサスティンの強いリード・トーンのギターがさりげなく入っているのが巧妙。フェーダーに頼らず、音楽の注視ポイントをさらりとボーカルからリードギターにクロスさせています。感心しました。
鍵盤、シンセの類。イントロでハープっぽい音色が絡んできます。Aメロはエレピだかピアノを基調にした感じのトーンが1・3拍目にストローク。イントロ後の小さな間奏やアウトロがひたすら続く部分ではAメロの歌メロディをなぞるタ・ターン、タ・ターンというリズムのフレーズです。サビではシンセ・ストリングスがファーっとリズムの頭上にいる様子。
イントロを支えるのはキック4つ打ち。平歌でドッタッ、ドッタッと1・3拍目にキックのベーシック・パターン。Bメロのところで1拍目表にスネア・裏拍にキックなど変化。カッ! と鋭い音づくりのスネア。タムなどのチューニングはテンション高め。キックもわりとタイトに聴こえます。クローズド奏法(打った瞬間のビーターを打面にピタっとくっつけたままにする奏法)でしょうか。スプラッシュシンバルを効果的に用いています。
ベースは意識して耳を向けると入ってくる感じで脇役に徹した印象。演奏のキャラクターがそもそもそうなのかもしれませんし、ミックスのバランスのせい(あるいは私のリスニング環境のせい)もあるかもしれません。おおむね8ビートでシンプルなストロークを刻んでいるリズムが単調なのと、もうひとつ思い当たるふしがあります。コードのペダル・ポイントです。イントロからAメロを抜けるところまでずっと、ベースはほとんど保続でⅠを取りつづけます。変化するコードのなかで同じ音を保ち、貫く特定のパートの動き。こういうものを私はペダル・ポイントと呼びます。
Aメロを折り返して「♪遠くへ行くほど君を思い出す」の「思い出す」のところでようやくⅣ→Ⅴの基本形をとる動き。Aメロがはじまって15小節目までの間、ひたすらにⅠのポジションを取り続けました。曲がはじまってから4小節目あたりにグリッサンドで入ってきて、冒頭から5小節目から〜8小節目までの間もⅠでペダル(保続)しています。Aメロでのペダルとあわせれば、18〜19小節くらいのあいだずっとペダルしていることになるのです。この保続するⅠの上でウワモノ和声が動くので、安定した地平の上で光陰や色彩が変化する味わいが出るのです。ベースは、自分が変化しない普遍のもの(通底するもの)を演じ、徹底して支えることでほかのキャストを生かしているのです。ああ、なんだか感動。大地のような、惑星のような、水や空気のような存在です。それがあることを忘れさせるくらいあたり前に存在することで、あらゆるものの命の活動を支えているのです。この曲『サヨナラ』が持つ儚さは、このベースのペダリングのおかげで活きるのです。ことばのよさもメロディのよさも、GAOの声の魅力もみんなみんな。
といったところでGAOのメインボーカル。私はGAOのことを、名前の文字の見た目くらいはなんとなく知っている程度の知識で最近この曲を聴いて惚れたのですが、男声だと思ったら女性でした。別に本人の性別はなんでもいいと思うのですが、さすがに驚きました。性別を超越したうつわの大きさがあります。独特のハスキーな声が魅力的。トレーニングの過程で潰してしまってこういう声になったとかいう話もあるそう。GAOという名前もその声質を形容した表現(あだ名)に由来するとか。潰したというか、磨きがかかった唯一無二の声です。個人的にはもんたよしのりを思い出す個性。でも聴くほどに繊細で透き通った質感。そして力強い。両性の特質を持ち合わせた魂に響く声です。
歌詞
“手のひらから伝わる愛 心をとかした 名前のない時間(とき)の中で 二人夢を抱きしめてた”(『サヨナラ』より、作詞:GAO)
すっと体にしみて、それと知らずに離れていってしまうきれいな水のような歌詞。『サヨナラ』という主題のはかなさが感じられます。そう、歌詞中に「サヨナラ」は含まれないのです。歌詞の本質を抽出してつけたタイトルなのではないでしょうか。書いたあとにタイトルをつけたのかと想像します。主題がたったカタカナ四文字に凝縮されました。
感想
ことばの透明度と、神がかった声質のあいびきがこの曲の大きな魅力の1面です。また、じっくり鑑賞したりそれぞれのパートを聴き取ったりしていて、ある意味いちばん地味で存在感薄げなベースに、ある思いが至った瞬間猛烈に感動が押し寄せたのが意外な発見でした。ボーカルの魅力などにすぐさま注意がいってしまうのですが、この曲と初対面したときに真っ先に私の心を持っていったのはほかでもない、ペダルポイントのあるコード進行だったことに気づきました。これはⅠの保続を一番下の音域で支えてくれるベースなしには成り立ちません。メインキャストが立つ、舞台そのものなのです。地平線を思わせるそれは、太陽の光が毎日顔を出す場所。私は繰り返すエンディングをひたすら聴いている。「サヨナラ」という主題のむこうに光(希望)を見出して、何度でも感動しています。
青沼詩郎
『サヨナラ』を収録した『GAO ゴールデン☆ベスト』
『サヨナラ』を収録したGAOのアルバム『Roi Roi』
ご笑覧ください 拙演