おいしいモチーフ
2024年3月12日、恵比寿リキッドルームで開催されたくるりファンクラブ“純情息子”会員限定ライブに行きました。事前にファンから生配信のチャットで交流しながら募った演奏リクエストに応えまくる趣向。2時間を超えてたっぷりと、ユニークきわまる振れ幅のセットリストでファンを夢中にさせニヤニヤさせ続けました。私は踊り狂いましたよ。普段やらない曲が多いとのMCでした。「こんなくるりもあるんだ」と思わせることが、ある意味くるりの恒常にもなっているかもしれません。それ含めのこれがくるりだ! という。もちろん、だからこその「やっぱりそう来たか」という逆の安心フックも効くでしょう。私の心の殿堂入りロックチームとはくるりのことです。
くるりは食べ物をモチーフにした妙作をたくさん持っています。『琥珀色の街、上海蟹の朝』とタイトルに入っているものもあれば、歌詞の中で味噌汁が出てくる『Remember me』もあります。山椒を歌詞に含めた『chili pepper japonês』も私のお気に入りです。風味の彩り、味覚の僥倖、人生のほっこり感を私は覚えます。近作でしたらアルバム『感覚は道標』に収録された『happy turn』は同名の有名なお菓子がありますね。尽きません。
ウィーンで録音をおこなった奇天烈でタイムレスなアルバム『ワルツを踊れ Tanz Walzer』(2007)は弦楽器や管楽器の綾を前面に設えた魅力が不朽の傑作ですが、そうした中に骨太で重厚なギターロックサウンドでつづる『ハム食べたい』があります。聴きましょう。
ハム食べたい くるり 曲の名義、発表の概要
作詞・作曲:岸田繁。くるりのアルバム『ワルツを踊れ Tanz Walzer』(2007)に収録。サブタイトル(英題……じゃなくて独題?)込みで表記は『ハム食べたい SCHINKEN』。
くるり ハム食べたいを聴く
重厚なギターサウンドはバリトンギターなのか、ダウンチューニングなのか。最大で3パートくらいのギターが同時に聴こえるでしょうか。
1分55秒頃〜の展開はアルバム『アンテナ』(2004)収録の『How To Go』的な潮流を感じます。ピッキングハーモニクスが金切声を上げ、私の心の淀みを刺激して流します。ギターや声によるハーモニーの厚さをシンプルな骨子にのせるスタイルが通底して思えます。また3分14秒頃〜の展開は1分55秒頃〜の再現を思わせますが、コードチェンジのポイントに小違いがあり、緊張感の味わいが異なり“ハム”の味わいを多彩に見せる仕掛けがなされて思えます。
サウンドの風通しがよいのですが和声感は複雑です。低音位が刻々と変化する豊かな展開はくるりの得意技といえます。佐藤さんのベースが雄弁に歌います。
まんなかのボーカルを囲うように、左から右からボーカルのハーモニー。真ん中はメインボーカルのためにおおむね空けてある感じです。
ドラムスは菊地悠也さん。まっすぐ飛んでいくガッツとニュアンスの繊細さを併せ持つ気持ちのよいドラミングです。セットの素朴なサウンドを実直に引き出すプレイです。
この重厚なサウンドの演奏メンバーは岸田さん・佐藤さん・菊地さんの3人のみです。ギターや声の層で完成させているのです。ウィーンに来て管弦楽をフィーチャーしながらも、まるで初期の編成のくるりを心に持ち続けているみたい。モチーフも「ハム」ですし、サウンド:楽器編成の構造自体はシンプル。どこに行っても音楽で気ままに遊ぶ態度です。コレを(わざわざ)ウィーンで録音したんかい、と……いえいえ、この空気の音、電気の音こそがウィーンなのでしょう(雑な弁)。
よく、海外は電圧が違うから音が違うといいます。私もぜひ自作の録音で体感してみたいところですが、日本の私の部屋にいてもコンセント周りの機材をちょっと変えたとかでも顕著に音は変わりますからきっと真実だと思います。
ボーカルや、ドラムスの激しいフィルインがオーバーゲインしてテープの歪みが起こったみたいな迫力が詰まっています。音楽の歴史と豊かさをなみなみとたたえたアルバムの流れに、朝ごはん形式(ハム)で刺激を与え窓から空気を取り込むような快さある楽曲です。
青沼詩郎
参考Wikipedia>ワルツを踊れ Tanz Walzer
『ハム食べたい』を収録したくるりのアルバム『ワルツを踊れ Tanz Walzer』(2007)
ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『ハム食べたい(くるりの曲)ギター弾き語りとハーモニカ』)