作詞:藤公之介、作曲:小笠原寛。太川陽介のシングル(1979)。

女性かと聞き紛う響きのポジションの高い太川陽介の歌唱が悲しげな感情をうったえます。

チェンバロでしょうか、短くキレのよいダウン・ビートで8分割の刻みをみせます。こういう役割をギターやピアノやベースが担うアレンジにはよく出会うのですが、チェンバロがこれを担当するアレンジは非常に稀であるように思います。楽曲のもつブルージーなニュアンス、哀愁とこのチェンバロの音色が相乗しています。

トランペットの音は非常にふくよかであたたかみがあります。オレンジ色、を感じる、トランペットらしくもあり品と器の大きさを感じさせる非常に私好みの音です。間奏の部分ではリードし主役を担いますがボーカル部分では脇役にまわる良い塩梅です。

ずばり主題を映したサビ(Bメロ?)の歌詞“走れ!江の電”のところでは、歌詞の通り、駆け出すようなスピード感あるアレンジにしても良さそうなところ、この楽曲では大部分において、ドラムスがバイテン(倍のテンポ)とは逆に、ハーフ・テンポを行っている感じがします。メロのところでは、アクセントの役割でバス・ドラムを打っていますね。“二人で日暮れの海を見に”と、サビ(Bメロ)のあとにCメロのような部分がくるところで、ようやくドラムが駆け出すように本来のBPMに対しての2拍目・4拍目を強調する、いわゆるスタンダードなパターンのドラミングをみせます。この、「今更駆け出したんかい」的なズレ感、時すでに遅し感、わずかに匂う残念感が、楽曲の哀愁、太川陽介のさく烈する歌唱のもの哀しい「ハナ(華)」を強調します。

楽曲の主人公らは至ってまじめに、素直に、舞台(背景)を描写し思想・感情を訴えているところが、かえってどこかコミック・ソングのような味わい深さ、そういう解釈の仕方・楽しみ方をリスナーの私に許してしまいます。私は聴きながら、チェンバロの儚いサウンド、ドラムスのここで「来たか」な本来のテンポによるパターン、コーラス(バックグラウンド・ボーカル)の細やかなオブリガード、高い品性のトランペットなど種々の演奏の細部といったアレンジの妙と、主人公やソングライティングの主体の実直さの差異に揺さぶられて、やたらとニヤついてしまいました。音楽としての品質の良さが、かえって私におかしみを強くもたらすのです。これは妙味。稀少な珍味です。

“走れ!江の電 たったの二輌”(『走れ!江の電』より、作詞:藤公之介)はこの楽曲中で最も私に強い印象を残す名フレーズ。自虐っぽい感じもしますが、真面目くさって解釈すると、主人公のなかには「自分とあなた」の二人しかいない、強い情念の悔やみつらみが“たったの二輌”のフレーズに映り込んでいるようにも感じます。純粋な想いであるがゆえに、悔しく、未練が残るのです。

夏に鎌倉のことを思うと、たとえばサザンオールスターズとか、華々しく楽しげな楽曲を意識するのもひとつの向きかもしれませんが、鎌倉のあの場所この場所を唱えてせつなさやるせなさを切実に訴える太川陽介『走れ!江の電』は私の中に鎌倉地域のテーマソングとして確かに刻まれました。

青沼詩郎

参考Wikipedia>太川陽介

サンミュージック>太川陽介

参考歌詞サイト KKBOX>走れ!江の電

『走れ!江の電』を収録した『GOLDEN☆BEST 太川陽介』(2007)

ご笑覧ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『走れ!江の電(太川陽介の曲)ギター弾き語りとハーモニカ』)

走れ!江ノ電