交雑した想いの色
『氷雨月のスケッチ』と「氷」の字が入るので厳寒期の歌なのかなとまずは安直な想像をします。「氷雨月」自体は晩秋から初冬の時候を指すそう。この楽曲が描くのは5月〜6月あたりの初夏の雪まじりの雨であるとの解釈があるといいます。確かに「赤や黄のパラソル」が表に出ているのは温暖な季節を示すとも思えますが、雪まじりの雨が降ることによってその瞬間に街の人々が開く色とりどりの「携行型パラソル」(つまり傘のことです)を映像的に描写しているのかもなとも勝手な筋を想像しもします。
“お前の暗い瞳の中に 青褪めた街 深く沈んで ねえ もうやめようよ こんな淋しい話”(はっぴいえんど『氷雨月のスケッチ』より、作詞:松本隆)
マイナーコードから、半音だけベースが下がってくる感じが暗澹たる響きでずうんと精神的に重くのしかかってきます。そのヴァースの進行から解き放たれ、Dのメージャーコードがパーンとブリッジのところで花開きます。傘だかパラソルだかが開いたみたいな明るい響きとともに、「ねえ もうやめようよ」と、直接的な意思を示す言葉が噴出します。
その直前のフレーズは、「お前の暗い瞳の中に 青褪めた街 深く沈んで」とあり、情景描写によって遠わましに心理の色彩の機微を描くので、コードの開きすなわち音楽の展開とともに率直な意思を宿した言葉がすっと響いてくるのです。ここのところでリードボーカルが大滝さんになるようでしょうか。メンバー間でのボーカルの分担の采配によっても、フレーズや構成別に異なる色味を持たせられるのもバンド編成の魅力でしょう。
ちりちりと雪まじりの雨が頬をかすめるみたいな匂いのついたエレキギターのサウンドに、ピアノ、アコギのアルペジオが響きの肉付けをし、ダツ!とタイトなドラムのリズムがバンド全体の輪郭を引き締めます。
「こんな淋しい」……からの、「話」と歌うところでファルセットになるボーカル。いまこの瞬間の脆弱さ儚さに寄せる諦観が声色ににじみます。「氷雨月のスケッチ」を占めるのは、くすんだ中間色なのでしょうか。「十二色の色鉛筆でスケッチされたお前の顔」とありますが……複雑な心情の入り混じった拭い去れない煙たさがつきまとう、人の想いも事情も交雑して濁った都市の匂いの充満した楽曲です。
氷雨月のスケッチ はっぴいえんど 曲の名義、発表の概要
作詞:松本隆、作曲:鈴木茂。はっぴいえんどのアルバム『HAPPY END』(1973)に収録。
はっぴいえんど 氷雨月のスケッチを聴く
ミーシー、ミ♭(レ♯)ーシー……と跳躍の音程をわずかにひろげてからGのコードのところでペンタトニックスケール的に下行、ずりずりと上行をするベースのフレーズに心振り回される私。こんなベースラインにお目にかかることは稀です。凄いセンス。
あやしく、人間の心のわからなさをい表現したベースに、16分割のハイハットがオープン・クローズを交えて雄弁に語り、響きの断続的な起伏を演出します。
エレキギターのびりびりちりついた音色はなんなんだろうか。ファズなんかでびりびりいっている感じもするし、フェイザーなんかがかかっているような感じもします。これがまさに氷雨の様相で、なんだって俺はこんな奇妙な雨に見舞われなけりゃならないんだと理不尽な気持ちを疑似体験する気分です。
ダブルの音像の鈴木さんのボーカルから、ブリッジの大滝さんのボーカルのところで描線がシングルトラックになります。そしてねえもうやめようよ こんな淋しい「話」のところでもうため息ひとつで消し飛んでしまいそうな儚いファルセットになる。ごうと風が吹いたり電車が通ったりしたらなかったことにされてしまう「話」。都市のくすんだ風情に満たされて心は空虚です。
青沼詩郎
はっぴいえんど KING RECORDS OFFICIAL SITEへのリンク
『氷雨月のスケッチ』を収録したはっぴいえんどのアルバム『HAPPY END』(1973)
ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『氷雨月のスケッチ(はっぴいえんどの曲)交雑した想いの色 ギター弾き語りとハーモニカ【寸評つき】』)