THE BLUE HEARTS『人にやさしく』はシングル曲で、自主盤が1987年、レーベル(ジャグラー)発のものが1988年に出ている。
何度かここのブログで書いていることだけれど、THE BLUE HEARTSは高校生くらいのときの私に歌える数少ないレパートリー源だった。あまり高いほうに伸びない声域の自分にコンプレックスがあった。ミスチルやスピッツも好きだったけれど、歌のハードルが高過ぎた。THE BLUE HEARTSのハードルが低いというわけじゃない。単純に、メロディに含まれる音程が自分の声域の範囲内だったと言いたいだけ。ただ、コード進行はシンプルだし構成やサイズもコンパクトにまとまっていて歌詞のことばも平易なものが多く用いられている。THE BLUE HEARTSは高校生バンドのコピーの対象として(必ずしもハードルが低いとはいわないが)「やさしい」ものだった。
やさしいって何か
「やさしい」と言うとき、色んな意図を込めることができる。
それはイージーでつまらん、安易すぎるといった批判に使われることもある。好きな恋愛対象のタイプを訊ねられた際「やさしい人」をあげる声を聞いた経験のある人は多いかもしれない。その場合は「思いやりがある」とか相手の気持ちや立場を想像し、それを尊重してふさわしい行動をとることができるとかそういう複雑で高等なことをざっくりうぼやーんと指している(たぶん)から、ぼーっとしないように注意が要る。
批判も賞賛も抜きに、単純に難易度の高低を指して「やさしい」をいうときもある。コンピューターゲームのスタート画面で「やさしい」「ふつう」「むずかしい」が並んでいるところを見たことがある人はたぶんファミコン世代だろう(もちろんその限りでないが)。
だから(説明になってない)「人にやさしく」と言ったときも、それってどういうことなのか考え出すと果てしない広がりがある。
見ているよ、知っているよという「ガンバレ」
歌詞に印象的なひと言。それは「ガンバレ」である。激励することばだし、その声をかける相手の状況のある面をしたため、そのうえで行動を起こしたり続けたりすることを肯定するひとことでもある。
一方、災害などで困難な状況にある人に対して「ガンバレ」を言うのは残酷であり配慮に欠けるとされる向きもある。そんな向きを察知してか「頑張らなくてもいいよ」と歌う作品も現れた(Bank Band『to U』、作詞:櫻井和寿。もちろんこの歌が必ずしもそういう趣旨を強調する歌だとは言わない。頑張らなく「ても」いいよと表現しているし)。
先に述べたように、「ガンバレ」は今のあなたの現状の一部を私は認めましたよ、というメッセージにもなる。つまり、あなたのこと見ているよというフォローの表現でもある。なんで先段に述べたような無配慮が生まれるかというと、それは、ガンバレを言われる人の状況を大して見もせずに「ガンバレ」を放つからだと思う。言われたほうは「ガンバレなんて言うけど、私のこと何も知らないだろ。こっちがどんな状況か知ってんのか。どうがんばれって言うんだよ、このどうしようもない状況で。」という反感を覚えるかもしれない。反感を持つほどのエネルギーがあればまだいいのだけれど、そのことを重みに感じてしぼんでしまう人もあるだろう。だから、残酷だ無配慮だとする向きが世に生まれたのだと思う。
THE BLUE HEARTSの『人にやさしく』についていえば、ここで「ガンバレ」をいう主体は、メッセージの対象のことを見ていると思う。歌の中の、架空で固有の誰かかもしれない。もちろん現実世界に適用してもいい。
やさしさは小さく 愛は大きい
“叫ばなければやり切れない思いを ああ 大切に捨てないで”
“人にやさしくしてもらえないんだね”
(THE BLUE HEARTS『人にやさしく』より、作詞・作曲:甲本ヒロト)
具体的な表現ではないけれど、ここで「ガンバレ」を言う主体は、対象のことをしたためている向きを感じる。抽象的だから、ほんとうに具体的な状況なんて知らなくても言えるのかもしれないけれど。もちろん、この歌をうたう人が、歌を聴く人のことを、その状況を必ずしも知っているわけはなく、むしろ知っているケースが稀である場合が多そうだ。
“やさしさだけじゃ人は愛せないから ああ なぐさめてあげられない”
(THE BLUE HEARTS『人にやさしく』より、作詞・作曲:甲本ヒロト)
というフレーズもある。なぐさめることの本当のハードルの高さを知っているからこそ、安易にすり寄ることはできないと言い切ることに誠実が宿るのかもしれない。また、「やさしさ」の小ささについてさとす表現でもあるかもしれない。あるいは、「愛」のでかさについて?
歌詞について稚拙な講釈を垂れてしまったがTHE BLUE HEARTSはバーンとマーシーのギターが鳴ってヒロトがぐわーー歌って河ちゃんの透き通る声が絡みベースと梶くんのドラムが心臓はち切れんばかりにバクバクいってればいいじゃん!(あえて愛称させていただいた)……という向きもある。それでいいじゃんよ。
ドラマ『人にやさしく』
『人にやさしく』という同名のテレビドラマが2002年に放送された。香取慎吾、加藤浩次、松岡充が出演するドラマ。子役の須賀健太も出演していた。これのタイトルの由来がTHE BLUE HEARTS『人にやさしく』だし、挿入歌もそれだった。この曲とちゃんと私が出会ったのはこのときだった。ドラマタイトルになっている割には挿入歌だったことが意外。主題歌は同じくTHE BLUE HEARTSの『夢』だった。
青沼詩郎
ほぼ日特集「バンド論。」に甲本ヒロトのインタビュー(2021年2月22日)
THE BLUE HEARTSのシングル『人にやさしく/ハンマー』(1988)
『人にやさしく』を収録したTHE BLUE HEARTSの『SUPER BEST』(1995)
ご笑覧ください 拙演
“THE BLUE HEARTSのシングル曲『人にやさしく』(1987)
同名のテレビドラマ(2002)の挿入歌になる。私はこれで知った。香取慎吾、加藤浩次、松岡充が出演。
久しぶりに聴いたり詞を読んだりしたらぐっときた。THE BLUE HEARTSは詞だけ読むのもすごく楽しい。『人にやさしく』にふれつつ、『皆殺しのメロディ』とかも一緒に鑑賞した。歌の内容の幅がまたすごくいいなと思った。歌詞の意味なんて(わりと)どうでもいいという立場を肯定しつつ鑑賞してもカッコいいし楽しいし美しい。ロックは汚くても美しい。
ちなみに私がエレキギターを覚える題材にしたのは松岡充がボーカルだったバンド・SOPHIAの曲だった。パワーコードだけで弾いたから「Fがおさえられない」とかいって挫折することもなかった。ギターをはじめるならエレキで始めるのは弦がやわらかいからおすすめ。最終的にはすべて乗り越える必要があるからどっちでもいいんだけど。”