娼婦の嘆き

声にパンチのある歌手のレパートリーを好む人もままいるようで、そういう人から好きな曲を教えてもらったなかにあったのが菊池章子さんが歌った『星の流れに』。哀愁のある歌で、菊池さんの声も存在感の強さを覚えます。

『星の流れに』のタイトルはなんだかキレイですが、ワンコーラスをしめるキラーワードが“こんな女に誰がした”。楽曲は哀愁がありつつもリスナーに微笑みをかけてくれるような器の広さを感じる曲調だと思うのですが、結びの“こんな女に誰がした”だけを言葉のままに拾うと、かなり恨み節といいますか、強くみじめな思いをした悔しさのようなものが立ち込めるフレーズだとも思います。

曲の前半をざっと聴いて恋愛に打ちひしがれた主人公の歌なのかなぁくらいに初見で安易に思ってしまった私ですが、この曲は戦後、娼婦をすることでしか食いつなぎえなかった、それこそ厳しい状況を生きていた女性をモチーフにした歌だと思い知ります(参考Wikipedia)。

初見時の安易な自分の解釈を恥じました。ですが、パッと聴いて感じるものこそ大衆音楽の表層に思えて実は本質でもあるでしょう。それはこの楽曲が、やっぱりそうした不遇……といっていいかわかりませんが、厳しくて、どうにもならない・どうにかしてどうにかするしかない時代・状況に生きているにもかかわらず、“こんな女に誰がした”と嘆きつつも、くさらず生きている主人公のたくましさを讃えるように表現しているからではないでしょうか。

主人公をそういう状況に追いやった世界の事情は決して考えなしに肯定したいものではないですが、とにかく市井の人間として生きることに執着したその強さはどこか美しい。それを私に覚えさせる、「明るさ(明るみ)」の亜種のようなわびさび・哀愁・情緒をもった曲だと思えます。

星の流れに 菊池章子 曲の名義、発表の概要

作詞:清水みのる、作曲:利根一郎、編曲:長津義司。菊池章子のシングル(1947)。

菊池章子 星の流れにを聴く

響きのある歌唱が奥から私の頭のうしろまで抜けていくようです。管楽器が厚く、ステレオになっていますし音が良い、一体感がありきれいです。楽曲の発表は1947年のシングルだといいますがこの音源は後年に再録したものなのでしょうか。

菊池さんの歌唱は言葉がはっきりとひとつひとつ鑑賞者につきささります。語頭が明瞭ですが攻撃的なのとも違い、きもちよく身体を通って肉体を響かせながら抜けていくような高い歌唱技術を覚えます。さぞ良い歌手として当時も活躍されたことを思います。

管楽器が左右にずらりと並ぶのを感じる定位です。右のほうにトロンボーンやらトランペットやらのたぐい、左のほうにサックスの類がいるような気がしますがもっと実際は混ざっているかもしれません。ほとんど和声をこの管楽器がつくっています。ヒー……とうっすらストリングスの高域がいるような感じです。

ベースはアコースティックのコントラバスで、ドラムスが出るところとひっこむところのメリハリがよく出ています。スウィングしたノリがこの楽曲を私に明るく情緒のある歌に聴かせる秘訣かもしれません。管楽器の厚い響きも同様でしょう、みじめで慎ましくなんかない、人生を肯定的にとらえている、それを表現したサウンドになっているのです。

主人公のモチーフになった人格は、自分にしんどい生き方をしいた運命やら社会、戦争へ進んだ過ちを恨む気持ちも心のどこかに持っているかもわかりませんが、この楽曲『星の流れに』はまわりまわって生の肯定に私に聴こえるのです。“こんな女に誰がした”と歌いつつも、重ねていいますが、「くさっていない」。たくましくて、理性も知性も体力も感じるのです。

『こんな女に誰がした』というタイトル候補を考え直して(横槍が入って?)『星の流れに』としたエピソードが読めますが、確かにある経緯によってそうなったことも必然だったかもしれません。この歌の主人公は、あくまで地べたに生きながらも視線は前や上を向いていると私に思わせるからです。

青沼詩郎

参考Wikipedia>星の流れに

参考Wikipedia>菊池章子

参考歌詞サイト 歌ネット>星の流れに

『星の流れに』を収録した『ゴールデン☆ベスト 菊池章子』(2011)

ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『星の流れに(菊池章子の曲)ギター弾き語りとハーモニカ』)