いつか街で会ったなら 中村雅俊 曲の名義、発表の概要

作詞:喜多條忠、作曲:吉田拓郎。中村雅俊のシングル(1975)。ドラマ『俺たちの勲章』(日本テレビ、1975年)挿入歌。

中村雅俊 いつか街で会ったならを聴く

いつか街であったときに、さらっと

「おぅ!(ひさしぶり!)」

「おぅ!(またな!)」

と微笑みかけて通り過ぎてしまう。そんな儚く潔い爽やかさほろ苦さを感じるのは楽曲のコンパクトなサイズや構成のせいなのでしょうか。もっと聴いていたいという気分にさせます。

あわよくば、時間があれば近況の話でもお茶を囲んで話し込みたい。でも、いま、僕も君も、そのために時間をつくって来たのじゃないから、それぞれの目的地に行ってしまいます。もっと話したかったなという想いをぐっと胸の圧縮袋に押し留めて、日常のルーティンに勤しむのです。

ピィンとするどい音で、ロータリースピーカーに突っ込んだのかフェイザーだかコーラスのエフェクトだかをかけたみたいなコヨコヨと独特なうねりを施したギターが街のビルのつむじ(頭のてっぺん)を撫でていきます。テンホールズのハーモニカが寄り添う雲のように近くに漂います。空の低い夏みたいな。

左右にアコースティックギターのスリーフィンガーのような降り注ぐアルペジオ。絶え間なく行き交う都市の群衆みたいです。

ドラムのスネアがリムしたり、ポツっとふとんでくるんだみたいな音尻のコントロールされたオープンとクローズのはざまにいるようなショットが旧知の仲の肩をそっと叩くみたいな親身さ。ベースが旧知の友と勝手知ったる遊びを再演するみたい。

女声のバックグラウンドボーカルが男くささの周辺に「またやってるよ(男どもが)」と呆れ半分愛情半分の微笑みをやるみたいな存在感でまなざしを注ぎます。

どうにも、私には男の友情の歌みたいに響きます。実際、性別の関係ないフレンドシップの歌であるとの解釈がこの曲の本質なのかもしれません。僕と君の恋愛の事後にかける望みの歌なのだとしても、「もうこれ以上恋愛しない」というのが確認できている仲であれば、友愛の歌も成立しうるかもしれません。

あるいは一度でも恋愛の仲になった人どうしの再会のときの微笑みは、恋愛の再燃のトリガーそのものなのかもわかりませんが。

さりげないやさしさが 僕の胸をしめつけた

この街で僕を愛し この街で僕を憎み

この街で夢を壊したことも

君はきっと 忘れるだろう

それでもいつか どこかの街で会ったなら

肩を叩いて微笑みあおう

『いつか街で会ったなら』より、作詞:喜多條忠

街と同級生の記憶は深く結びつきます。だから、この街で出会った君と、未来のこの街で再会する道理が私のなかにあります。

どこか別の街で、君と再会することは、出会った街で再会するよりも意外性がある気がします。「こんなところで会うとは驚きだ」と。

日本は地球規模では小さ(め)な島国ですし、人が集中する都市というのも絞られてくるでしょう。そうしたどこかの街で、もともとどこか別の街で会った人どうしが思わず再会することはじゅうぶんにあることです。

記憶は上書きされて消えていくか? ミルフィーユ生地を幾重にも折り畳んでいくみたいに、どこかに綴じられて、ナカのほうに行ってしまう。それを忘却というのでしょう。忘れるは「亡くなる」に「心」です。「亡くなる」は「失う」とも違うし「消える」とも違う。物理的に触れられなくなる、くらいのことが「亡くなる」ことであり、「忘れる」ことなのかもしれません。「亡くなった」らもう触れることはできませんが、忘れたものごとを思い出す可能性はあります。思い出して、また物理的にたぐりよせて触れることもできる、その可能性が残るのが「忘れる」でしょう。そう解釈すると、忘れるというのは希望のある観念でもあります。

そして、またハイタッチするみたいに新しい層を加えるかもしれない。どこかの街で、いつか会ったなら。

青沼詩郎

参考Wikipedia>いつか街で会ったなら

参考歌詞サイト 歌ネット>いつか街で会ったなら

中村雅俊オフィシャルファンクラブ Webサイトへのリンク

吉田拓郎 エイベックスサイトへのリンク

『いつか街で会ったなら』を収録した中村雅俊のベストアルバム『メモリアル』(1981)

ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『いつか街で会ったなら(中村雅俊の曲)ウクレレ弾き語りとハーモニカ』)