映像
MV 爽やかで幸せな映像
草原。あざやかに緑。自転車。草に埋もれて仰向けのつじあやの。眼鏡をかけて軽装です。手足と目玉のついたウクレレ……に見えた普通のウクレレ? 演奏シーン。
草原に一本道。鯉のぼりが大量にぶらさがったこちらは何処でしょう。一本道に座っていると、幼い子ふたり。ふたりとも作為を感じる眼鏡です。親指を立てて、いいね。きつい階段の道を傘をさし、くだってくるつじあやの。住宅のあいだでしょうか、垣根が深いです。すれちがう男性も親指をたてました。
シーンがかわって鯉のぼりをバックにつじあやのもグー。サビで自転車に乗ります。夕方の草原で、ちょっと歳を召した様子の男女。夫婦でしょうか? この人もまた親指をたてます。「平和」の二文字が親指に。眼鏡ごしのつじあやのの目線が一瞬混じります。
草原にひとり立って演奏するつじあやの。やはり親指を立てます。草原のうしろのほうには家畜? 鯉のぼりの街で、草原で、トラックの中で、いろんな人が親指を立てます。最初の手足と目がついたウクレレ氏もです。霧深い一本道を向こうへと自転車で消えていくつじあやの。
エンドロールで採用されなかった映像? やメイキングカットのようなものが窺い知れます。監督は高木聡。
広い草原。一本道。地方の産業や観光資源。自転車。めがね。各モチーフが記憶に残りますが、一番は登場する人々の笑顔です。爽やかな曲調と相まって、幸せな読後感を残します。なんて良い曲なんだろう。
スタジオライブ
スタジオの俯瞰から。藍色?のスカート、ゆったりしたブラウスの格好をしたつじあやの。MVのときのショートカットのヘアスタイルは伸びましたね。ピアノがズゥンと低音豊かに入ってきます。高品質そうなマイクがつじあやのの前にマイクスタンドを伸ばして天地逆さまに立っています。
2コーラス目でドラムスやベースが入ってきます。照明がスタジオ内にちりばめられていい感じです。メンバーはみんなヘッドフォンをしています。スタジオ内をいっぱいにつかって距離をじゅうぶんにとっています。音をセパレートする意図、コロナ禍における配慮の両面でしょうかね。そのためか複数のメンバーをそれぞれ映すときにいちいちカットを変える(カメラをスイッチする)ことになるので画面に動きがでます。最後は俯瞰でフィニッシュ。素晴らしい音と演奏でした。収録(配信オーディオライブだったそう)は2020年9月21日。
曲について
つじあやののシングル(2002)。作詞・作曲:つじあやの。アニメーション映画『猫の恩返し』(2002)主題歌。
つじあやの『風になる』を聴く
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ストリングスのカラリと短いピチカート。キックが四つ打ち。これから始まる音楽に期待が膨らみます。エレキギターがカラッとした音色です。ころんころんとウクレレストローク。つじあやのの素朴な歌がさわやかに乗ります。Bメロで下行してくるオルガン。サビ前に謎の効果音がぴゅーんと入りますね。サビはストリングスにブラスのトーンも入って華やか。賑やかで楽しげなポップチューン。2コーラス目はオルガンがAメロBメロと活躍します。ピアノがきらびやかにフィルインを添えます。ぴゅーんのポルタメント音はサビ前、サビ中にもきこえます。間奏はストリングスが高らかに。ピアノが16分音符で絢爛に。効果音のように聞こえた音ですが、海辺にいるカモメやらウミネコの類の声を模した音のようにも思えます。カスタネットがラスト付近のサビでカラランと鳴ります。いろんなキャストが出入りして賑やかに楽しいエンディング。最後はストリングスの美しい響きで結びます。イントロと対になっていますね。イントロは短いピチカートでしたがエンディングはサスティンが胸熱。
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ドラムス
ストリングスのイントロに活力するオープニングのキック4つ打ち。基本のビートです。ハイハットの8つ打ち、2・4拍目のスネア。サビでハイハットをオープン・クローズして表情をつけます。フィルインのタムづかいが軽妙です。2コーラス目のBメロではハーフテンポ。食いのキメとフィルインしてテンポを戻しサビ。クラッシュシンバルの定位がかなり右です。スネアもちょっと右寄りな気がしますね。キックが中央、アナザーシンバルとフロアタムが左。ちょうどお客さん側からドラムセットの演奏を見た定位づけで左右に広げているようです。
ベース
下行音形で入ってくるイントロ。ドラムスがオモテ拍4つ打ちのビートのところ、ベースは1拍目と2拍目ウラにストロークスするパターンのAメロ。サビでは1・2拍目のオモテを強調しつつ3拍目でウラを出すかんじ。Bメロは音価を緩慢にしハイポジも交えて浮遊感を出します。間奏も緩慢な音価とハイポジで浮遊感を出したプレイです。静かなサビを経てイントロのときのように下行音形で入ってきて復帰。エンディングはサビのように1・2拍目を強調しつつ3・4拍目のオモテウラも8分音符で埋め臨場感をクライマックスに導きます。ズゥンと豊かで質量のあるサウンドが気持ちいい。
エレキギター
イントロから美しくメランコリックなカウンターライン。下行、上行。アルペジオのようにしたり、リズムを出したり。カラっとした気持ちのいいメロウなクランチトーンです。ストップアンドゴーの効いたキレのあるカッティングでリズムを出すAメロ。折り返し付近ではちょっと音を伸ばしてみせます。サビもAメロを踏襲した感じのストロークで頻度を増します。16分音符を絡めたオルタネイトストロークです。Bメロや間奏はやや緩慢に伸ばす。間奏はイントロのときに聴いたメロウなフレーズがかえってきます。リズムとコード出し担当の脇役が基本ですが非常に好ましい演奏です。
オルガン
イントロで下からずりあげるグリッサンド。高らかに入ってきます。Aメロで抜けて、Bメロでまた入ってきます。サビは他パートの音数が多くそれほど目立ってはいません。2コーラス目Aメロ折り返し〜Bメロで目立ってきます。ほか目立っていないときでもサウンドを熱烈に(それと感じさせずに)支えているかもしれません。エンディングでまた目立ってくるのを感じます。高いストリングスと一緒に減衰しない音で曲の響きを轟かせているようです。出るところによって倍音構成をいじっているのか、キャラクターの違うトーンがいくつもいそう。
ピアノ
イントロでキックが入ってくるタイミングで一緒にストロークを始めます。しばらくワンコード・ワンストロークといった感じ。Aメロが折り返しBメロが近づいてくるとちょっとした変化を出し始めます。Bメロも抑えつつ、いいところでちょっと描き込み。バンドの音数が多い部分では背景になじみ、ところどころでフィルインやカウンターラインで存在感をあらわします。エレキギターのストローク、ウクレレのストロークもいるので役割がかぶる部分も多いです。静かになるサビは見せ場ですね。しっとりと豊かに平静さを伝えるのに、ここはピアノでなければいけない。そんな気がします。
ストリングス
イントロのピチカートはシンプルなポップソングに印象の奥行きと広がりをもたらしています。高音がピチカート、低音弦が抒情をもって歌う。Aメロ〜Bメロ前半では静かです。2コーラス目ではBメロ途中から低音弦が右の方から下行音形で入ってきます。サビは高音弦が高らかに歌います。間奏に入り低域の弦が印象的なモチーフを歌ってきます。高音弦も熱く保続し、舞い上がります。最後のサビではウラ拍を出した合いの手も見せる。エンディングでは高音と低音の弦がわかれて細かい16分音符の刻みを交えてそれぞれの音形でコールアンドレスポンスしていますね。アンサンブルを綴じるのも弦楽器の重奏。ピッチが抜群で美しく、パート個別の綾が出ておりこれだけでも感情を揺さぶってきます。
ブラス
サビでパァーと華やかに。出どころは限られています。要所を引きシメます。タイトにリズムを出す合いの手は限られた出どころでも圧倒的に曲をちがうものに変えてしまいます。エンディングはだいぶ雄弁になってきますね。ひょっとするとほかのところでも柔和な音で暖かみを添えているのかもわかりません。
ウクレレ
つじサウンドの要でしょうか。弾き語りでライブ演奏できるであろうリズムストローク。基本出ずっぱりですが静かになる後半のほうのサビではオフってピアノに身を委ねます。豊かな響きですがコロンとした軽妙な響きでもあり、他のあらゆる楽器と親和しています。
その他
ピューンというポルタメント音がサビ前やサビ中、エンディングなどに登場します。サビ前で下行、サビ中で上行でしょうか。スルドイ音とまるっこい音がある気がします。スルドイ方の音は尻下がりの下行音形。間奏のおしりにも出て来て、カモメの鳴き声に似ます。静かなサビからにぎやかなサビに復帰するときにも長めに轟きます。まるっこい音は上行音がサビ中で聴こえますがエンディングでは下行してから上行。テルミンみたいな音ですね。
タンバリン(もしくは鈴かな?)が2小節に一度、4拍目を彩ります。深い響きです。サビ〜間奏には16分音符を刻むかろやかなタンバリン。フラッパーカスタネットが2コーラス目のBメロや最後のサビの結びのラインを繰り返すあたりでカラランと印象づけます(最近このブログで鑑賞した曲で大滝詠一『幸せな結末』にもつかわれていましたね)。
ボーカル
淡白で話すような素朴な発声が好感です。基本ノンビブラートですね。ダブリングなどの演出もありませんしコーラスパートもありません。近めの距離でやさしい声が録れているような印象です。ちょっと鼻にかかった感じの声質がかわいくチャーミング。曲の明るい情景・キャラクターとも相性ばっちりです。
歌詞
サビ前のフレーズが大好き。
”君のためいきなんて 春風に変えてやる”(『風になる』より、作詞:つじあやの)
このラインひとつで私はウルっときてしまう。なんででしょうね。根拠のない頼もしさが嬉しい。ためいきを春風に変えるという発想について、冷静に思えば思うほどなんてユニークで機知に富んでいるんだろうと思います。そこにやさしさと抱擁を感じるから私はウルっとくるのかもしれません。その大きさときたら、それこそ春風に象徴されるほどの大自然の規模です。バカでかいチアリングを感じるのです。この上ない詩的な激励です。つじあやのをすごい詩人だと思いました。
同じサビ前の部分、2コーラス目が可笑しい。
”君のため僕は今 春風に吹かれてる”(『風になる』より、作詞:つじあやの)
主人公が春風に吹かれてくれたところで、いったいこちらにはなんの得があるというのか。そこに広く漠然とした含みを私は覚えるのです。
主人公が吹かれる春風の正体は、1コーラス目で春風に変えられた“君”のためいきかもしれません。それならば、主人公が春風に吹かれるのが“君のため”であることに納得がいきます。
自然界のものはみな、めぐりめぐってその人のもとに帰ってくるのです。そんな想像すら許す、たった一行の奥行きに私は感動します。
メロディ
つじあやの『風になる』の存在は前から知っていましたが、何気なくこの曲をききながらメロディラインを鍵盤楽器でなぞっていたら、なんて巧妙かつ綺麗な旋律なんだろうと感動したのが今回この記事でこの曲を取り上げた強い動機です。
「♪ひのあたるー、さかみちをー」で、ミファミファソー×2。おなじ音形を繰り返して印象づけます。「♪じてんしゃで」の部分は、たったいまの音形「ミファミファソー」を3度高いポジションに移して再現しています。モチーフを活かしてメロディを展開しているのです。好ポイント。歌詞「♪かけのぼるー」のアタマの「か」に音程のピーク。メロディもかけのぼっていますね。
後半のラインの入口の「♪きみと(ドレド)」は、サビ頭のモチーフ「ミファミファソ」の出だしと同じ音形。サビ頭よりポジションを3度低くしています。
これにつづく部分ですが、サビの前半では「ミファミファソ」といった具合に上行音形を反復しましたが、サビの後半、こちらでは「ファーミレードー」×2と下行させて対比しています。これまた、モチーフを活かしたうえで展開させていて好ポイントです。
一番私が好きな部分が、「♪のせていーくーよー(レレーラドーミーソー)」の音程です。ここ、レファ♯ラ(Dメージャー)の和音を用いています。最初の「レレーラ」は3和音(レファ♯ラ)の中の音程。後半の「ドーミーソー」は、Dメージャーの和音からさらに3度を重ねていった、緊張感を高める音程なのです。「ド」はセブンス。「ミ」「ソ」はナインス、イレブンス。テンション・ノートといえます。最高にオシャレ。かつ、キレイにキマっています。上行音形に順番にハマっているのです。このメロディのセンスの高さに深く感動したのです。たぶん、理屈ではなく直感で作曲:メロディを紡いだのだと思います。つじあやのの凄みです。
あとがき
アニメ映画の主題歌でしたので、曲の記憶をあたまのなかに持っていました。記憶に勝手に残っていたのです。改めて鑑賞して、理屈を敷いてもガッチリはまることに気づいて感銘の念を深めました。コード進行も名曲量産パターンの「カノン進行」です。もちろんそれだけで名曲になるわけではない。いい響きを導いていって築いた美しさです。
ためいきを自覚したときには、これからは自分に言ってやりたいと思います。それは、春風なんだぜってね。
青沼詩郎
『風になる』を収録した『つじベスト』(2006)
つじあやののシングル『風になる』(2002)
ご笑覧ください 拙演