映像
「可視化」というボタンを押す薄暗いシーン。屋外、土手のような場所にいてグラブや野球ボールを扱う真心ブラザーズメンバー。室内で机についているのは漫画『宇宙兄弟』作者の小山宙哉のようです。グリーンカードと呼ばれる紙に描かれた指令。MVというよりは半分ドキュメント? 黄色ヘルメット、白衣の怪しい集団はなんなのでしょう。真心ブラザーズメンバーが土手のピッチャーマウンドに残したグラブやボール、ところかわって小山宙哉が描いた絵などを回収して暗躍?します。小山宙哉はその場で居眠り。冒頭の「可視化」と表示されたタッチパネルがまたでてきました。関係あるようなないようなさまざまな画像? とキャプションがつぎつぎに出現……と思ったらこれは、真心ブラザーズのディスコグラフィですね。Augmented Radioと画面に表示されています。「Augmented Reality」なら「AR(拡張現実)」ですが、Augmented Radio……「拡張ラジオ」? 赤い針が刺すのは「2029」。2029年にこれを放送している……という設定でしょうか。映像の終わりに「真心ブラザーズで“消えない絵”でした」とナレーションを添えるのはアニメ『宇宙兄弟』でムッタ役の声優さん(平田広明)の声でしょうね。
曲について
真心ブラザーズのシングル(2013)、アルバム『Do Sing』(2014)収録。TVアニメ『宇宙兄弟』OPテーマ(2013年4〜6月)。作詞・作曲:真心ブラザーズ。
真心ブラザーズ『消えない絵』を聴く
シングル版
右にガバガバ元気なストロークエレキギター。左にブーーーーっとシンセがいます。宇宙への発進を秒読みしてスタンバっているロケットみたいです。ロングトーンの末に振幅を増して音がめちゃめちゃ揺れていきます。ピアノが真ん中、もしくは左寄り? 真ん中にピーピーいうオルガンがいます。左にアコギのストローク。
エレキギター、アコギ、ピアノのストロークが協調したり補完したりバトったりするようにごきげんなグルーヴを織りなします。
サビの直前真ん中寄りに1本(あるいは2本?)エレキギターが増えて、ペンタトニックっぽいスケールで上行音形のオブリガード。ウワァっと音の圧を演出します。
2コーラス目、ピアノがご機嫌さと利発さを増します。中高域に飛び上がって舞い降りてくるようなカウンターフレーズ、根音から数えて長短の3度、半音違いをぶつけた音の房をウラ拍に繰り返すストロークで人なつっこさを印象づけます。
AメロからBメロにうつるところなどでたびたび聴くことのできるピーピーいうオルガンは洋楽ロックで聴いたことのあるサウンドなのですがなんの曲だったか具体的に挙げることができなくてくやしい。
2コーラス目のサビが終わるとⅦ♭→Ⅰの和音を繰り返すパターンにさしかかります。ピアノソロっぽくなり、そのままの流れでCメロ。ボーカルの声質が変わり、ダブリング、ハーモニーパートのボーカル(歌詞ハモ+「Woo」)も加わって雰囲気が変わります。ここのボーカルは桜井秀俊でしょうかね。メインボーカルはYO-KINGです、言わずもがな。Ⅰ→ⅢM→Ⅳ→Ⅳmのコードでタイトルコール、“消えない絵になれ”でⅠへ解決、いさぎよいフィニッシュです。
アルバム『Do Sing』収録版 『消えない絵 -Low Down Roulettes Version-』
メチャ広がりとパワーのあるエレキギターストロークのイントロ。定位はやや左寄りでしょうか。ベースがグゥゥゥンとグリッサンドして割り込んできます! ドラムスもめちゃファット。右にもエレキギター。左右でギターがグングンロックンロールしてきます。シングル版と全然印象が違う!
Bメロで右のエレキは緩慢に。Aメロで右のエレキが弾いていたのにちょっと似たパターンをBメロで左のエレキが奏で出します。サビ直前のオブリガート上行ペンタトニックフレーズは右のエレキがグイっとブーストして担当。なるほど、アルバム版のほうが、限られた人数でのライブ出演での再現度が高いアレンジに思えます。オブリガードフレーズを終えてサビ頭ではシュっと元の音量に引っ込みます。
2コーラス目、右のエレキはクランチサウンドな感じ。ですがAメロの折り返しのブレイクでオカズを放り込みます。ここで音量ブースト。サビ前のオブリガードも右のギターがブーストです。なんとなく役割が見えますね。左のリズムカッティングがギター&ボーカル、右がギター専念担当という感じ。
間奏のⅦ♭→Ⅰの流れで右のエレキが深いブーストとともにソロ取り。Cメロボーカルが入ってくるところでジャーンと最後の1発をストロークして2小節伸ばし。3小節目の3拍目ウラでさりげなくクランチにもどしたトーンでストロークを再開します。
Cメロのボーカルはショートディレイの味付けが最高です。折り返しから歌詞ハモが入ってきます。
最後のサビでは頭から歌詞ハモ有り。めちゃめちゃグっとくるポイントで胸熱です。なんとここ、小節アタマで少しグシャっと音を置いて以降の8小節間、大胆にも右のギターを弾くのをヤメています。右のギターはギタープレイ専念を基本にしてきた感じでしたが、ここでは歌詞ハモに注意を割いたのでしょうか。私なら声とギターの両方を同時にこなすことをつい志向してしまいそうです。私のそんな志向は一体なんなのか? と自省させるほどに自然にキマっています。なんの問題もなし。左でギターが平然と引き続き弾いていますし、ドラムスもオープンハイハットで熱量を出しています。歌詞ハモをうたい上げて、9小節目で右ギターは何気なくストローク復帰。スタジオでのメンバーの同時一発録りをベースにしたような臨場感ある素晴らしい音源です。私、シングル版より好きだなぁ。熱い、強い、コシがある。ロックはコシです。最高。
歌詞
“いつでも ぼくの中に君がいて でも何も言わない微笑んでもない ぼくらはどんなときもいっしょだった でも何も知らない ただ信じてる 夢を見てるような日々を 君と二人で過ごしたね” (中略) “大空泳ぐような日々を 君といつまでも遊んだね”(『消えない絵』より、作詞:真心ブラザーズ)
当然ながら『宇宙兄弟』のための書き下ろしでしょうから、作品を思わせる表現にいくつも出会えます。「ぼく」や「君」はムッタとヒビトのことを示しているような感じもしますし、もっと観念の輪郭のことかもしれません。『宇宙兄弟』作品を深く詳しく知る人ほど、多くの比喩を見出すかもしれませんね(私は浅カジリ者なので……)。目標へまっしぐらに向かう道を思わせる曲想です。
“星をつないで 絵を描いた ぼくらは自由に 心がふるえる方へと 空の画用紙に 消えない絵になれ”(『消えない絵』より、作詞:真心ブラザーズ)
リスニングパートのところでも書きましたが、サビの結びでタイトルコールです。“星をつなぐ”は星座を想起させますし、惑星や衛星間を結んでミッションする宇宙飛行士を思わせます。星座も、宇宙飛行士の行動・仕事の軌跡は、画用紙に描いた絵のようには残りません。見えない絵なのです。ですが、だからこそ消えることもない。そうした、星を結んだ、生身の人間のアクションがあった事実は、人々が覚えている限り消えませんし、もっと屁理屈っぽいことをいえば、事実はたとえ誰の記憶に残らなくとも消えることはありません。誰にも認知されていない事実はないものと同義だと反論されてしまえばそれまでな気もします。それもまた真理。受け入れるのみです。あっけらかんとしたウツワのデカさを感じる。それでいて、どこまでもヒトの心がある。歌詞テキストだけ読んでもグっときます。こんな内容の歌を、あんなに熱くふるえる演奏でやられちゃって私はもうメロメロ。
“風に吹かれて何を見た 世界の向こうに 記憶の底で光っている ずっと残ってる”(『消えない絵』より、作詞:真心ブラザーズ)
なんて考えていたら、その思考の軌跡を肯定してくれるようなライン。見上げた空に星や宇宙があるかと思えば、記憶の「底(ボトム)」にも光る星の海があることを思わせます。「上」への視線を描いたら、今度は「下」への誘導。対極の描写が曲想を広げます。
“欲しいもの 知りたいこと 見たいもの 聴きたい音 好きなとき 好きなひとと 好きなだけ 好きなことを”(『消えない絵』より、作詞:真心ブラザーズ)
この曲を収録したアルバム『Do Sing』があらわす「童心」を思わせます。どんな大人も、その人を突き動かすものは童心なのでは。というか、童心は普遍で、童(こども)だけのものじゃない。たまに失う人がいて、それっきりになってしまう人がいるから、さも「童(こども)」特有のもののように語られるのかもしれません。本来、誰でも持っているはず。
失う人、なんて書き方をしましたがそれも間違い。眠らせてしまっているだけなのでは。凍りついてしまって、解きほぐすのがむずかしくなってしまっていることもあるかもしれない。私とて、その1人かもしれません。でも、持っているからこそ、それを指摘されればわかる。ああ、俺の心はどこへ行ったんだって思います。
感想、後記
童心でここまでロックンロールできるのも真心ブラザーズくらいのものでは。感動しました。『宇宙兄弟』作品への比喩を散りばめつつ、媚びを見事に遠ざけ切っていて爽快です。
シングル版はポップ、アルバム版はロックンロール。アプローチが違ってどちらも魅力です。
『宇宙兄弟』作者の小山宙哉の好みが主題歌ミュージシャン選定に影響していそう。歴代の担当アーティスト名は気になる人ばかり。ちなみに小山宙哉の名前に「宙」が含まれていますが、本名だそうです。
青沼詩郎
真心ブラザーズのシングル『消えない絵』(初回限定生産盤)(2013)
真心ブラザーズのシングル『消えない絵』(通常盤)(2013)
『消えない絵』を収録した真心ブラザーズのアルバム『Do Sing』(2014)
アニメ『宇宙兄弟』(Prime Video)
コミックス『宇宙兄弟』(著:小山宙哉、刊:講談社)
ご笑覧ください 拙演