恋人がサンタクロースを聴く
作詞作曲編曲演奏すべてにおいて手本にしてよしな快作ですね。素晴らしい。
ユーミン(愛称で失礼)のまっすぐで透明感ある発声が冬景色を喚起します。『恋人がサンタクロース』自体にはスキーやゲレンデの描写がありませんが、アルバムのタイトルや収録曲、発売年の時代などを思いながら聴くに、そうしたウィンタースポーツをパートナーと楽しむハイソな「となりのおしゃれなおねえさん」像が勝手に私のなかにうかびます。
ユーミンの声が完璧に演出されたアレンジ、録音、演奏、重ね重ねすばらしい。
エレキギターのリードの存在感がすごい。帯域が広いのか、リッチでワイドな音像。おふたりのギタリストがレコーディングに参加されているようです。ジクジクと歪みのブリッジミュートがエイトビートを快調に運ぶバッキングも楽曲の重要な印象です。
イントロなど、これら鋭くかつマイルドなトーンのエレキギターが活躍し、なにやらレーシングゲームやエフワンを思い出させる挑戦的で好戦的な雰囲気なのが意外です。マイナーコードからはじまりますし、移勢したリズムがボス戦っぽい勇ましさ。何かがおっぱじまる期待感があります。
Aメロはベースとピアノ。オクターブを行き来する音形のルートで直線的な印象でスピード感を演出します。スキーだったら直滑降でしょうか。和声の動きもまだ少ないのが巧いです。
Bメロは私にロネッツの『Be My Baby』を思い出させるドラムパターン。鉄板にして最強です。コードはⅢmとⅥmを行き来しつつⅦ♭で撹乱。トリッキーです。場面を和声の動きで動かすのがなんてうまいこと。
サビもまたコードがうまくて、帰結感の少ないこれまた巧妙でトリッキーな運びです。おしゃれなおねえさんが、おそらく子供時代であろう主人公に「みなまで言わない」スタンスを思わせるコード進行。「大人になれば あなたもわかる そのうちに」がもう一級のフレーズです。そう、なんと歌詞の気の効いていること。そのおしゃれなおねえさん自身が作詞したみたいです。ウィットに富みコミュニケーションに長けている。脚本家さんですか?!というくらいに、あるいはそれ以上に。
“あれから いくつ冬がめぐり来たでしょう 今も彼女を 思い出すけど ある日遠い街へとサンタがつれて行ったきり”
“そうよ 明日になれば 私も きっとわかるはず”
“恋人がサンタクロース 背の高いサンタクロース 私の家に来る”
(『恋人がサンタクロース』より、作詞:松任谷由実)
2コーラス目のフレーズが私をニヤリとさせます。サンタはプレゼントをくれるだけじゃないんだぜ。となりのおしゃれなおねえさんを遠い街へとつれて行ってしまうのです。それって……
後年になって、恋人たちの行事とか、自立した人の恋愛や人生のステージの過渡を理解した主人公と、子供時代の「それは絵本の話だよ」よ異論する主人公が重ね合わせになって云っているようなところがまた一段と趣深い。本当に「おしゃれ」の一言に尽きます。いや、それでは足りない。楽曲のおしゃれな作りに言葉を失ってしまうほど。雪のなかに私の言葉が吸収されてしまったみたいに無音にしてしまうのです。
ドラムスのライドシンバルあるいはカップショットがサンタがおねえさんを迎える、あるいは連れて云ってしまう走行音の象徴のようです。
そしてサンタクロースは私の家に来る。これも、絵本のお話を唱える子供の主人公と、後年の、恋人といざ過ごさんとする大人の主人公が重ね合わせになっています。
背の高い恋人ができたのかもしれない。あるいは、子供のためにプレゼントを持ってきてくれる、どこか遠い異国からやってくる異人種?のサンタさんも背がたかくておっきいイメージです。子供の主人公が「私の家に来る」を云っているようにも、大人の主人公が同フレーズを云っているようにも聴こえるのです。
そして、すべては、「みなまで言わない」示唆に富んだ、ちょっと俯瞰したところから物を言う……いえ、言わないで描く・語る態度で統一されて感じるのです。おしゃれ極まりない。作詞、サウンド、和声にメロディ・リズムに……。
1980年、松任谷由実さんのキャリアのひとつのハイライトを雄弁する傑作でしょう。
季節を歌ったものは長い年月を経ても、いつもその年のその時期を象徴し続けますし、一方で特定の時代の背景を写す歴史証人のロールを担いもするのです。その映像のなかに、いつぞやのあなたの影も含まれているはずです。
青沼詩郎
『恋人がサンタクロース』を収録した松任谷由実のアルバム『SURF&SNOW』(1980)
My Baby Santa Claus
ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『恋人がサンタクロース(松任谷由実の曲)ギター弾き語りとハーモニカ』)