オダテツさんメロディの意匠のよさ
90年代くらいの曲で頭にうかぶメロディのいくつかをたぐると複数が作曲者:オダテツさん(織田哲郎さん)だったりして、またそれらの提供を受けたのは「ビーイング系」と呼ばれるアーティストの一群だったりします。
ZARDこと坂井泉水さんだったりです。楽曲『負けないで』だったりですね。
「ビーイング」はともかく、私が抜群に好きなのは『走れ正直者』です。西城秀樹さんが歌いました。ちびまるこちゃんソングです。さくらももこさんが書いた歌詞がキテレツ珍奇で強烈でオダテツさんのメロディ・コードと合わさって理性にインベーションをかけている感じです。
ベースがカノン進行よろしく下行していく、それと協調した、意匠のよいメロディ、というのがオダテツさんの書く歌のいくつかに共通して思うことです。
DEENのボーカルの池森秀一さんはまっすぐにオダテツさんメロディの意匠のよさを伝えてくれているように思います。
『このまま君だけを奪い去りたい』のオリジナル(最初の発表のもの)はサブスクになく、新録した2005年バージョンがあります。これはディスクレビューサイトの記述によれば原曲に忠実なアレンジだとか。
このまま君だけを奪い去りたい DEEN 曲の名義、発表の概要
作詞:上杉昇、作曲:織田哲郎。DEENのシングル(1993)、アルバム『DEEN』(1994)に収録。
DEEN このまま君だけを奪い去りたいを聴く(『DEEN The Best キセキ』収録)
美メロ、美ボイス、美サウンド。うっとりします。尊い。
池森さんのボーカルは「歌ウマ」感が至高なのですが、嫌味がありません。素朴な好青年な感じがするのです。このバランス感は希少だと思います。技術やキャリアが伴うと技巧に走ったり嫌味っぽくなるリスクも同時にふくれるものと思います。あるいは、そういう嫌味や雑味になるものは本当は「技術」なんていうのに満たないハッタリなのかもしれません。池森さんのボーカルは陽のオーラがみえるようです。ありがたや。
左右のセパレーションがいい美サウンドだな〜と思っていると、バスの車窓からの景色みたいにシームレスに、万華鏡のキラキラ模様みたいに美しいサウンドの織り、綾が展開していきます。うっとりですね。細部がどうのとか言いはじめるおしゃべりな舌を噛み切りたくなります。オダテツさんの美メロ美コードもさながら、岩田雅之さんの編曲のよさでしょうか。
ピッキングハーモニクスでビラビラと紙面の裏側をみせるみたいなギターソロの泣き具合もまた良し。編曲やら曲やらボーカルの良さはもちろん、オケの演奏ひとつひとつにも入魂の職人芸を感じます。元調のⅤから短3度上の調のⅣに直結するような間奏に突入するときの動き(3分1秒頃〜のところ)が私の屁理屈アンテナが反応するポイントです。
ルーム感のある、タイトなのに響きもあるドラムスがカンと鳴って気持ちよい。タムで定位が広がります。ちょこっとシェーカーが鳴ったりと打楽器小物は組織をよくわかっている有能な部下みたいです。
印象を多く占めるエレピの音がまた極上です。この楽器なんなんだ。よく聴くエレピのいわゆる典型的なサウンドのさらに一枚上手という感じの、個性もあるし品もあるサウンドをしています。ウットリポイントです。
歌詞をみる
“静かに 佇む 街並み はしゃぎ疲れ ただ優しく 忘れたはずの このさみしさ ムネの扉 たたいた 君の瞳には ボクが にじんで 消えゆく 愛を しった このまま君だけを 奪い去りたい やがて朝の光 訪れる前に そしてまたあの日見た 夢を叶えよう 二人素直なままの瞳で いつまでも信じていたいよ 心震えるほど 愛しいから”
(DEEN『このまま君だけを奪い去りたい』より、作詞:上杉昇)
“君”は涙をにじませて、主人公“ボク”を視界にいれたのでしょうか。相手の目線を借りることで、ふたりの想い合いの均衡が崩れていく様子を主人公が認知するかのような描写が独創的だと思います。
キラキラした楽曲のサウンドと品のあるボーカルで陽のオーラに目がくらむのですが、想いが最終的には実らなかった時点から回顧し、詩情を抽出したせつない歌詞だと気づきます。建設的で美しい言葉を連ね、やさしくなげかけ、包むような温かみを感じるのですが、それはかなわなかった悔しさやほろ苦さから来る諦念なのかもしれません。
“懐かしいブルーの雨傘 ざわめく街で 君に会った うつむき 歩く そのくせは 今も あの日のままだね ふいに呼び止めて 笑いあえたら 言葉さえもいらない このまま君だけを 奪い去りたい 胸の奥でそう 叫んでいるようだ 誰一人 わからない 遠い世界で君を守ろう 心燃やして いつまでも抱きしめあいたい 永遠に戻ることのない 時の中で”
(DEEN『このまま君だけを奪い去りたい』より、作詞:上杉昇)
竹内まりやさんが書いた楽曲『駅』で、
“見覚えのある レインコート 黄昏の駅で 胸が震えた”
(『駅』より、作詞:竹内まりや)
というフレーズがあります。雨具って、長持ちするアイテムの典型なのでしょうか。時間が経っても同じものを使い続けるという……。
ビニール傘なんてものは簡単にポシャってしまいますが、ビニール傘数本分の値段のしっかりした傘、色味や柄の美観や意匠性のあるちゃんとしたものは長持ちするのでしょう。レインコートもそれは同様かもしれません。
雨(天候)に人の感情をうつしみるのは歌詞の常套手段でしょう。無防備であれば天候に左右されそうなところを、人の営みや活動の恒常性を助けるのが雨具でしょう。
天候は、感情の象徴。どうしようもなく変わるもので、変わるのがあたりまえなのです。それはそれとしてしたため、生活を平行するのが理性の仕事なのかもしれません。
『このまま君だけを奪い去りたい』では、主人公と相手は、街頭でふと会ったときに気軽にあいさつをかわし笑い合えるような仲……でないからこそ、「想い」のさけびと現実の差異が摩擦熱を起こしてリスナーの胸をたたくのかもしれません。
「もしもそうだったなら」でない現実だから心が叫ぶのです。なんだか雨がふりそう。
青沼詩郎
『このまま君だけを奪い去りたい』を収録したDEENのアルバム『DEEN』(1994)
新録バージョンの『このまま君だけを奪い去りたい』を収録したDEENのアルバム『DEEN The BEST キセキ』(2005)
ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『このまま君だけを奪い去りたい(DEENの曲)ピアノ弾き語り』)