濁点ひとつ違いの俺の一等地
ジュンスカ結成の背景となる出会いとして有名なのは自由学園でありバンドの出身地と西東京・ひばりが丘地域のイメージは結びつくものがありそれを象徴するのが本曲。ジュンスカは西東京市PR親善大使に就任されてもいます。
大部分がスリーコード。直線的なビートにあふれるボーカルとバンドのリズムベーシック。ジュンスカのキャリアとしてひとつある“ホコ天”での活動においてもこうした声高な音楽スタイルは映える(聴き映え)することだろうと思います。
ひばりが丘の地名は西東京市、東久留米市の両方にあります。ジュンスカの出身校:自由学園は所在地的には東久留米市になるようです。
本曲の歌詞に出てくるBooks J、ロング・ジョン・シルバー、さやま……これらのお店はすでに現地には現存しません。ひばりが丘の歌かと思ったら、金欠時は埼玉県の狭山に行くのか……と私を疑問にさせたかと思えば、「さやま」はうどん屋さん(駅蕎麦屋的なもの?)だそうです。違法なクスリなどではなく七味をかますのですね。安心安全ひばりが丘よ。

プロモーション・ビデオでおおよそ当時と思われるひばりが丘の街をジュンスカメンバーがコミカルに駆け巡る様子がうかがえます。エンディング付近にはビートルズの伝説「ルーフトップ」を意識したように、当時のケンタッキーが入っているビルの屋上で演奏しているカットが含まれています。そのあたりには現在ひばりが丘パルコが建っていますが、ケンタッキー、それからマクドナルドはおおむね同じか近い位置に当時も今も営業中(この記事の執筆時:2026年9月)です。
イントロとエンディングにつくのは自由学園の男子部讃歌を引用したモチーフのようです。自由学園は寮生活をするなど学園生活の様式、方法、内容などが非常にユニークな学校としても有名でしょう。男子部讃歌なるものが存在すること自体が学園にとって、あるいはジュンスカにとって、さらには地域にとっての資源とも解釈できそうです。
愛すべき地元:ひばりが丘を「俺」目線で主観的な観察・解釈を含めて抽出しつつ、己らのバンドの出会いのきっかけとなった自由学園の男子部讃歌をイントロとエンディングに配置する楽曲構造が尊いです。ビバリー・ヒルズと濁点ひとつ違いの“俺の一等地”です。
Let’s Go ヒバリヒルズ JUN SKY WALKER(S) 曲の名義、発表の概要
作詞:宮田和弥、作曲:森純太。JUN SKY WALKER(S)のアルバム『Let’s Go Hibari-hills』(1990)に収録。
JUN SKY WALKER(S) Let’s Go ヒバリヒルズ(アルバム『Let’s Go Hibari-hills』収録)を聴く
鼻息の荒さがそのまま肉体を獲得したみたいな血湧き肉躍る破竹の勢いを感じます。アディショナルギター以外はギター・ベース・ドラム・ボーカルまで全員で一発録音する以外に本曲を魅力的に収録するレコーディング方法が思いつきません(実際はどうなのか未確認ですが)。4人のメンバーでそのままライブ演奏して魅力をほぼ再現どころか録音物をライブで超越していける曲だと思います。
エンディング付近など要所で追加のギターがサイドに現れたりしますがほぼメンバーの頭数だけで再現できるアレンジ。
演出的な意匠はイントロの男子部讃歌のところにデンデンとドミナント&解決のモーションのティンパニ。エンディングの男子部讃歌のトニック解決に合わせてドラがバシャンと鳴る。
曲の途中で、メガホンを通したみたいなラウドな音質で「オラオラ一気!」など煽りのガヤが入ります。
宮田さんの歌唱のなんとタフで高らかなことか。不死身としか思えません。
間奏のところは長2度下の調に転調していてAセクションへの回帰にむかってズリズリと半音ずつ上がって元の調に戻ります。まっしぐらな印象の地平を少し掘り下げる間奏ですね。学びへの知的能動性を覚えます。
楽曲が裸一貫一発勝負な音楽スタイルで進行していくのに併せて私の記憶のなかのひばりが丘の情景が脳内で一緒に流れていきます。
空き瓶がめて小銭儲けに銀行へ……との表現があります。私がこの歌詞からふと思い出すのはひばりが丘駅北側エリアにあったゲーム・センターのディルレイという店です。競馬ゲームやスロットゲームで勝てばコインを増やすことができて、そのコインで賭博系のゲーム以外にもシューティングゲームでも格闘ゲームでも共通で遊べたのです。「俺の銀行」みたいなイメージが私のなかで結びつきます。ジュンスカの本曲が歌う「銀行」は本物の銀行なのかなんなのかしりませんが……
青沼詩郎
JUN SKY WALKER(S) Official websiteへのリンク
JUN SKY WALKER(S)のアルバム『Let’s Go Hibari-hills』(1990)
JUN SKY WALKER(S)のアルバム『ONE』(1992)