映像

白黒の画面。画面を映した画面、みたいな感じがします。男女のラブシーン? の画面にエルヴィスの歌う姿がカブっています。どうやって撮影、もしくは編集したのでしょうか。ジャケットにネクタイのエルヴィス、それからギターを持った別のカットのエルヴィスも。途中にはエルヴィス人形? みたいなものも映ります。それから多数の「のぼり」みたいなものを掲げる群衆? 精確には状況がわからない部分も多い粗い映像です。エンディング付近のテンガロンハットをかぶったエルヴィスは映画出演時の映像でしょうか。西部劇の登場人物っぽいですね。

曲について

Elvis Presleyのシングル(1956)。Elvis Presley主演の同名映画の主題歌。 作詞:Elvis Presley、作曲:Vera Matson。 原曲は『Aura Lee(オーラ・リー)』で作曲者はGeorge R. Poulton。 作曲名義のVera MatsonはKen Darbyの妻の名前。実質の編曲者がKen Darbyか。

Elvis Presly『Love Me Tender』を聴く

・3拍目にルート、2・4拍目に上声をストロークするギター・パターン。ナイロン弦でしょうか。ポン・ポロロといった優美な音です。主題の“Love me tender Love me true”…と歌うところで「Uhm~」とコーラスが入ります。クローズドでアタックのまるい、口を閉じて発声した感じの男声コーラスです。最後のほうでギターのストロークがちょっと変わります。なでるようにスウィープで16分音符を出します。エンディングには「ラーラーラーファ♯ー」と単音の跳躍音程がくっついていますね。意味ありげな音形です。ビブラートで揺れているように聴こえます(マスターテープの揺れ……じゃないよね?)

コードとメロディ

1〜8小節目

最初の「ラ→レ」の4度上行跳躍で主和音を感じさせます。安定の甘美な曲想は出だしから。

次の小節では反対に4度下行跳躍。えー、上げたと思ったらもうオトすの?! オトナの恋愛の駆け引きを思わせます。ィャン。

3〜4小節目では主音のレからさがって戻る順次で安寧・落ち着きを演出。1〜2小節目の跳躍を活かしたモチーフとは対照の性格です。ますます駆け引きとコミュニケーションに長けたオトナの恋愛を想像します。

同じ音形・和声進行のラインを5〜8小節目で繰り返してつぎの展開にうつります。

9〜12小節目

ここまで1小節1和音で来ていましたが、ここからめまぐるしく和声が移ろいます。

な・の・に……メロディは同音連打です。「ぼくたち、ステディなカンケイでいようよ……」甘い言葉を幻聴した気分です。ひとりの人と(あなたと)だけ、真正面からとことん付き合う! みたいなことかもしれませんし、「はげしい盛り上がりのない、良いお友達どまり」みたいなほろ苦い関係かもしれないなぁなどと想像がふくらみます。

あくまで主調のダイアトニックスケール内の音で順次下行する滑らかなベースラインの上に、F#7/C#やD7/Aといった副次調のⅤ(ドミナント)をのせています。歌メロディと低音位(ベースライン)はまさに2人の世界。めまぐるしくせせこましく変化する俗世間が和声です。外野がなんとうるさかろうと、きれいごとばかりでは済まない現実だろうと、2人の世界は甘美なのです。

このラインの3小節目、Gm6のところは俗世間と2人の様相すべてが合わさった響きの魅力がピークに達しています。甘さと苦さのハーモニー。「ソシ♭レ」の和音に「ミ」が乗っかる響きです。シ♭とミが増4度なので高緊張。恋愛の紅潮は緊張と弛緩の極致なのです。

13〜16小節目

同音連打の流れの残り香を携えつつ、このライン1小節目3拍目の「ソ」のはみだし具合が美味しいのです。2小節目では冒頭付近の4度跳躍の特徴を再現。3小節目は主音(レ)からⅵ(シ)まで下がって、また順次上行して解決。音楽の句読点バッチリ。

和声においてもまだ意外といろんなことが起こっています。|D→B7|E7|A7|D|。

B7以降は4度で上行をつづけていくと最後にDすなわち主和音にたどりつきます(シドレミ、ミファソラ、ラシド)。進行のピッチ(歩幅。ここでは旋律音程を距離に見立てる)を保って、和声(低音位)進行でリズムの定速を提示するという高等テク(とはいいつつ反復進行という定番テクです)。見事なドラマです。

2小節目のコード・E7とそこのメロディは曲の冒頭のときと一緒ですね。このコードに至る前にB7を挿入して変化をつけました。B7はEのコードに行きたくなるコードです(E調のドミナント)。

雑感など

ゆったりした曲調で音価もおおらか(歌メロディに細かい音符が無いという意味です)。甘美で気持ちよく、なんとなく聴き流してしまえる整い具合の曲でもあるのですが、個別のモチーフの性格をみていくとなかなか変化に富むのがわかります。メロディとコードの組み合わせもなお良い。同音連打でメロディが緩慢になるところでは和声に緊張が走るなど、意匠を感じる作曲です。

エルヴィス・プレスリーの歌声がシンプルな音価に色艶を添えます。音程を保持するときには揺れるような息遣い。こまかくリズムを揺らしてもいます。スウィングするようなグルーヴをボーカルで表現しているところもありますね。歌い出しから11小節目の“All my dreams fulfilled”のところなど特にそれを感じます。

大人の恋を強調するような書き方をした部分もあったかもしれませんが、1935年生まれのエルヴィスはこの曲のシングル発売年(1956)のとき21歳くらいのはずです。お若い。

それはそれとして、作曲、歌唱の面でも非常に色濃い恋愛ソングだなと思いました。歌詞がどうとか、同名映画における使われ方がいかなるものかはさておき、メロディ・リズム・ハーモニーといった音楽の基本要素にネットリとした愛のかけひきを感じるのです。濃厚!

青沼詩郎

『Love Me Tender』を収録した『Essential Elvis Presley』

ご笑覧ください 拙演