作詞・作曲:岸田繁。編曲:くるり、根岸孝旨。くるりのシングル(1999)、アルバム『図鑑』(2000)に収録。

くるりレパートリーで指折りの激しいボーカル曲かもしれません。ギターがオープンで歪んだサウンド、シンバルがうわんうわんと激震しラウドな時間が長く熱量があります。ギターやベース、ひいてはドラムスの重厚な手応えにプロダクションの魔法を感じます。途中で何が鳴っているのかさえわかりかねる謎の臨場感(低域から広域に渡って?)ある音の圧力。最後のコーラスの前では編集で加工したような、ブレイク+チョップしたような椅子が低く軋んだみたいな演出のアクセント。

3人編成でガチャっとバンド全体が体鳴している様相が主な味わいなのですが、録音作品として演奏をパッキングする以上の工夫がなされているのを思います。3人でただウワーっと叫ぶ以上の極地。くるりらしいです。

くるりらしいといえば、おおよそトリオでガーっと歪んだギターをかき鳴らしダイアトニック中心に作るスタイルとはかけ離れた和音の転回形づかいや、単一の調性を外れる・副次調にまたがる複雑さ。

Dm調で“こーのー……”とアクロバティックな跳躍で歌い出します。ですがヴァースというのかブリッジというのか、“あわただしい日々”……のメロのところでB♭メージャー調になった……?かと思うとFメージャーで柔術的な受け身をとり、再びB♭からベースが経過下行していく流れに接続。F調は最初のDm調の平行調でもあり非常に音楽趣味的で旋律のうつろいがきれいです。

図:くるり『街』の歌い出しのボーカルメロディとコードの採譜例。飛び出した裸のボーカルの弱起ではじまります。“この街は僕のもの”というリリックの態度の大きさ・肝の太さが表現されたボーカルモチーフ。転回形をとるベースがくるりらしいです。
図:くるり『街』のAメロ?のボーカルとコードの採譜例。思いつくままの言葉や見たままの風景を口にする平熱感。口語的なテクスチャーと16分割のリズムによる日記的な描写を「メリハリ」のメリ、「緩急」の緩の部分にあてがってコーラス(サビ)をドラマチックに引き立てる構図はくるりの不朽のレパートリー『東京』のソングライティングと通じますが、『東京』の少し先の到達点から、もっと遡った心象を回顧したような味わいがあります。

“君の背を追って”……で、Fメージャーにどかりと座り込むでもなく、Aの和音をドミナントとして挿み、Dm……ではなく同主調のDメージャー(歌詞:“飛び出して”……)への解決が図られます。劇的に浄化される視界。でも歌詞の奥に潜む表情はどこかくすんでいる。何もかもが軽くなるわけでもなく、ごみごみした街の有象無象が肌につきまとったまま、なんとか空の青いところを見ようと賢明になる最中、その経過におけるベスト、暫定的な答えを出したような懸命さにグっと来ます。

図:くるり『街』のコーラス部分のボーカルメロディとコードの採譜例。長6度の跳躍でトニックの第3音へ至る柔和で安寧な響き。冒頭とエンディングのオクターブ跳躍(“この街は”……)が空虚なエモーションがさく裂しているのと対照的。ボーカルメロディの跳躍先を強拍に当てて、メジャーやマイナーの和声の響きのキャラクターを印象付ける意匠が巧みです。

間奏の折り返しあたりではBマイナー調のそぶりもみせます。コーラスのDメージャー調(♯ふたつ)の平行調ですので調性のつながりへの目くばせを思わせますが、Bmにうつろう直前はDメージャーでなくDmで紡いでいるので♭系から♯系への豪快なひとひねり。同主調へのモードチェンジ、かつその平行調に浮気する修羅場感。間奏の最後はAの低音保続をジャンプ台に最後のコーラス“飛び出して”のDメージャーへ。ごみごみした街の有象無象の頭上に心を浮かべます。入り混じるマーブル模様の切れ間にわずかな青空を見出す儚さです。

ガチャリと歪んだオープンなギターやバンドのサウンドの帯に、調の移ろいで模様の転換、起伏の充実を図る構造がとても秀逸です。音楽のベテランになれば誰でもこういう複雑な趣の楽曲を作れるでしょうか? 無茶のきく若さが手伝う激しさよ。音楽のベテランになって体力と経験知のバランスが変化したら『街』のような楽曲は演るのも作るのもしんどいかもしれません。とにかく、この時のくるりなりの、刹那の一番鋭い答えを出している感じが私は好きです。それは、くるりについていつもいえることでもあり……その時に一番だと思えるところに、その時に有効な体力経験人脈を全振りして「やってみる」姿勢は、彼らの経験知や体力が変化していっても通じているアティテュードなのかもしれません。

デビューして4枚目のシングルでこの構造・知性・体力の高みに至るところがくるりの黄金律……といいますか、街の有象無象にヤられよろめきながらも自分の足で歩く真摯さを妄想します。これが商業音楽、大衆歌の真ん中かといわれれば、『街』の楽曲としての突出した個性や異様な特徴をみるに、めちゃくちゃに外れるポジションでしょう。そこが私の思うロックの正道だし、めちゃくちゃに好きなところです。「すごいぞ、くるり」というコピー然り。くるりが、いなければ。

青沼詩郎

参考Wikipedia>街(くるりの曲)

くるり 公式サイトへのリンク

参考歌詞サイト 歌ネット>街

くるり – 街(on YouTube、fromくるりAOC)水がしたたる眼前、むこうにメンバー3人、ひたらすらにジャムる徒然な様子をカメラで捉え続けます。生態展示のような映像です。

くるりの『街』を収録したアルバム『図鑑』(2000)

ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『街(くるりの曲)ギター弾き語りとハーモニカ』)