京都音博2022を記念
これは泣きます。すばらしい。
京都音博2022会場とビクターオンラインストアで発売されたシングルCDにラベリングされた「京都音博2022開催記念シングル」のとおり、くるりが主催する野外ライブイベント:京都音楽博覧会すなわち京都音博の2022年の開催を記念しています。
2019年に認知されたCOVID-19、そしていわゆる「コロナ禍」によって2020年、2021年は、観客を演奏の現場に迎えることを見送った京都音博。2022年は、2019年以来に、有観客(この「有観客」という言葉も、コロナ禍以前だったらあまり意味のわからない言葉のように思います)でおこなうことが叶った「会」だったのです。
“ピカピカの新車” 動くモチーフ、感性の針
この楽曲のハイライトは“直通電車はピカピカの”以降のところのラインでしょうか。やさしく音をあそばせるように、指先にからませるように水面に浮かべるように演奏するメインのエレキギター、ベースとドラムスがボーカルを支える楽曲の核であるのは明白ですが、たとえばところどころ、「サーッ」とホワイトノイズのように感じる音が入っています。波の音のようにも感じました。これ、たとえば私が電車の中でイヤホンを使用するなどして、やや「しんどい」といわざるを得ないリスニング環境で耳を痛めない程度の音量で一聴したときは「ホワイトノイズ? いや、ドラムスがブラシでコーテッドをこすった音?」かと思いましたが、よく聴くと、優美な曲想に不似合いなほど、おぞましく歪んだエレキギターであろうと思い至ります。
楽曲はプログラミングも取り入れられ、端的にいいますと薄化粧的な効果をまとっています。薄い、というのも私の『真夏日』に対する感動を述べるには足りない形容です。ナチュラル・メイク?……ともやや違います。
楽曲のハイライトの話に戻って、先の深く歪んだエレキギターらしき音も入り、ボーカルのハーモニーパート(字ハモ、歌詞でハモる)も入って、壮麗さのピークを迎えるところが“直通電車はピカピカの”(4分10秒〜頃)の部分かと思います。
“直通電車はピカピカの新車になって この街も少しだけ 違って見えるね”(『真夏日』より、作詞:岸田繁)
鉄道や車両、それに関わる設えについてなどへの関心の高さや博識・愛着を感じさせる岸田さんらしい作詞です。鉄道に疎い私ですが、このラインは、事実をベースにした表現であると思います。車両を新しくしたという鉄道界隈の特定のニュースが実際にあって、そのことに重なる体感・実感を掬っているようです。
利用したことがある、あるいは愛着を抱いてもいる特定の鉄道路線の、ある車両が新しくなったことが、街そのものに対しての感性を刺激している様子を思わせます。
鉄道に詳しくなくても、つかったことのある電車が「新しくなっている」という気づきと、そのことが、街のみえかたや自分の解釈にまで影響を及ぼして思えることって、なにも「鉄道好き」でなくても理解・共感しうる描写だと思うのです。これは、変化する対象が、ある場所に建っていたビルだとかお店だとかそういったものでもよいでしょう。でも、動き、私たちの生活を支える基盤である「鉄道」がモチーフであることは、やはり『真夏日』という一個の作品においても、それを鑑賞する万遍のリスナーにとっても重要な要素だと思います。
楽曲は、Ⅳの和音からはじめて、つらつらと、おだやかに平らな気持ちと情景が流れていく様相が大部分を占めています。このことが、サイズとしては「長い」(約8分44秒)楽曲を頭から尾までを快く接着しています。
それなのに、ところどころで起伏があるのです。ボーカルメロディの音形や、コード進行の「小違い」(あるいは、はっきりとした違い)、また、それらが構成の前後:頭やおしりに配置されているなどすることが、長く悠久な印象の楽曲を、冗長させることなく、美しい一辺の物語のように、詩篇のようなまとまりの良さを演出しているのではないでしょうか。
たとえばフォーマットが映像作品であったとしても、作家としての岸田さんがこういう目で事物を観察し、まとめあげる面をもっているのではと……幻影を想像させます。楽曲から映像がみえるのです。
非常に「ナチュラル」ですが、落ち着いた態度で世界と接している胸の内に秘めた熱さや愛、感性の針の動き・ふるまいが、ベーシックの演奏を尊重しつつ音の演出を適切にシナジーさせ構築したサウンドと合致します。陽射しに照りつけられたり汗を滲ませたりする境界としての肌、その内側(主観、思い、感情)と外側(景色、情勢)の振れ幅、それらの相互する影響の時間経過・うつろいが、私を感動に導くのかもしれません。
くるりキャリアの芯線の質感
こうした演奏にかける愛情とそれを演出する「演奏の内外にわたる技量、感性」の塩梅は、くるりの最たる近作(執筆時:2023年・夏)『In Your Life』や『California coconuts』にも通底して見出せる魅力であり、近年のくるりの最たる強みであるのを思います。メンバー面(おもにドラムス)では、『真夏日』は石若駿さん。『In Your Life』『California coconuts』は森信行さんとの制作であり、ドラマーがちがうと、こうも違うものかと思わせる面もありつつ、一方で誰と制作に及んでも通底を感じさせる器量は、くるりが実直に、しかし振れ幅をもって盛大にはみ出したり遊んだり楽しんだりしつつ築いたキャリアの芯線の質感ではないでしょうか。
ふたつのライブで1年ごしに観た『真夏日』
楽曲の外側、あるいは現実とひとつづきの作品としての『真夏日』について、実際のくるりの動きと私の実体験の交わりについて少し触れておくと、私は2022年と2023年のくるりツアー、つまり約1年の隔たりをもってライブで鑑賞する機会がありましたが、この1年間でもくるり(と、その楽曲)はこんなに成長するのかと(やむなく偉そうにいうのをご容赦願います)私の心を躍らせました。「成長」などと上からっぽくおしつけがましい表現は憚られるのですが、率直で新鮮な驚きと爽快感が、私にやむことのないくるりの「変化」を強く印象づけたのです(それを一般的に理解しうる言葉で伝えようと真っ先に浮かぶ言葉が安直ながらどうにも「成長」なのです)。
2022年の夏に初めて『真夏日』の生演奏をZepp Hanedaで観たときは、こんな新曲を隠していたのかという驚き(まだ音源のリリース前でした。それを夏のどまんなかにツアーのファイナルで聴いた霊感も相まりました)。“クマゼミとアブラゼミ”のモチーフが寝ても覚めても残りました。2023年のツアー、人見記念講堂で聴いたときは、その音響や照明効果の良さ、洗練し抜いた卓越した演奏などあらゆる面が相乗した神々しさへの驚嘆を覚えました。2022年ではセットリストの中ほどで扱われた『真夏日』を、2023年夏のツアーファイナルでは1曲目に扱ったことも含め、くるりと一個の作品『真夏日』のあゆみの凝結と解釈を感じるところで、澄み渡る叙情の美しさと純心が際立っていました。
青沼詩郎(アルバム『感覚は道標』、楽しみです。)
真夏日』を収録したくるりの『愛の太陽 EP』(2023)
くるりのアルバム『感覚は道標』(2023年10月4日発売)。『In Your Life』『California coconuts』を収録。
ご笑覧ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『真夏日(くるりの曲)ピアノ弾き語り』)