電話機のある景色

携帯電話が普及するまえの電話って、明らかにいまとちがうモチーフだったという気がします。

たとえば、保護者の監督下にある未成年でしたら、家の電話をつかうことになる(もちろん携帯電話なんてなけりゃぁ、家の保護者だって家の電話をつかうことになる)でしょう。家の電話を家族が共有しているのです。意中の相手の家に電話した少年が、意中の相手のお父さんが出やしないかビビるなんてこともあるわけです。もちろんお母さんが出る確率が高いと仮にしても十分に電話をかける少年の心をビビらせる効果があるでしょう。

家の電話でなけりゃ、公衆電話をつかうことになります。テレフォンカードという、何回もつかえるプリペイド(あらかじめ料金を納入済みの)カードの類がありました。少年誌の読者プレゼントとか、テレビ番組の視聴者プレゼントの定番中の定番でした。すっかり見なくなりましたね。そんなテレフォンカードやら、潤沢にあらかじめ用意した小銭を公衆電話機に挿入して相手の番号をボタンを押すとかあるいはジーコジーコとダイヤルの輪を回す(この表現自体、むかしの電話機を知らない世代には意味がわからないかもしれません)ことになるのです。

つまり、かける側も、かけられる側も、電話機を携帯していないことが通常なわけですよね。どこかの地点からどこかの地点に向かって電話をかける感覚でしょう。相手のポケットだとか枕元だとか今まさに手のひらのうえにある端末にかける感じではないのです。

複数の人が共有しているので、それなりの「電話のかけかた」といいますか、意思疎通をはかりたい対象と電話口でつながるためにプロセスが生じます。そのための「マナー」みたいなものがあるでしょうが、そういうものも、今(2024年時点)を10代とかで過ごしている人には希薄な観念、あるいは苦手意識を抱く対象かもしれません。もちろん、オフィスとか複数の人が働く現場は固定電話を常設していることが何もめずらしくありません。若い人は、社会に出るそのタイミングまで複数の人が共有する電話を使用する機会があまりなく、社会に出るぞというときにいきなりその使い方なり「電話スキル」みたいなものを求められる(身につけざるをえなくなる)のです。これは確かにビビるかもしれません。

こうした「固定電話」が恋の対象と意思疎通をはかるアイテムでもかつてはあったわけです。つながろうと思ってもつながれないということはままあったでしょう。そういうときの感情のままならさとか、あるいは通じた喜びとかドキドキとか、そういったものを描いた大衆歌も数多生まれたわけです。

THE BLUE HEARTS 真夜中のテレフォン 曲の名義、発表の概要

作詞・作曲:河口純之助。THE BLUE HEARTSのアルバム『BUST WASTE HIP』(1990)に収録。

THE BLUE HEARTS 真夜中のテレフォン(2010年デジタルリマスタリングCD)を聴く

超絶ダウンビートが効いています。カン、カン、カン、カン! スネアの頭打ちが硬質です。ズバチコン!とフィルインも轟くサウンド。ドラムに限らずすべてが肉薄し、マッチョで音圧感があるサウンドです。

この初々しくてはつらつとしているボーカル。最初、なんの違和感もなくなんだかいい曲が聴こえてきたと思ってお気に入りの曲リストにメモしていましたが、ボーカルが普段ベース担当の河口純之助さんです。THE BLUE HEATSのサウンドとして、至極私は「いつもどおりに」聴いていて気づきませんでした。それだけ、河口さんの歌声はブルーハーツの一部として私の耳に刷り込まれていたこと、その重要さ、「肝心要さ」をあらためて実感します。

作曲者も河口さんなわけです。「作った奴が基本、その曲あるいはその部分を歌う」は作曲者が複数いるバンドがとる手法の定番だと思います。ビートルズが象徴的ですね。

海のむこうのサウンドを手本にしている感のあるのが、これくらいの時期のブルーハーツのレパートリーの気持ち良いところかもしれません。

カンカンと教会の福音、あるいは、歌コンテストの審査内容を端的に占めるアレ(のどじまん)みたいなベルの音。西洋的ですね(私の安直な感想よ)。

オルガンがクワーっと壁面を肉厚にいろどります。アコースティックピアノなのかエレピなのか、そんなようなトーンもいるようです。キーボードの類は白井幹夫さんによる演奏です。彼の存在で、ブルーハーツのサウンドがより広がり、自由に求めるほうにのびのびとしているのを感じます。

会えないから二人は話しているのでしょうか。会えないがいまこの瞬間つながれている、嬉しいような悔しくてしょうがないような愛しさがびんびんくる歌の内容ですね。シンプルで余白があります。この電話の少しあとにでもすぐ二人は会うことが叶ったような、あるいは永遠に会えなかったような気もする……そんな儚げな情緒を感じる素敵なサウンドの楽曲です。

青沼詩郎

参考Wikipedia>BUST WASTE HIP

参考歌詞サイト 歌ネット>真夜中のテレフォン

ザ・ブルーハーツ 徳間ジャパンサイトへのリンク 

『真夜中のテレフォン』を収録したTHE BLUE HEARTSのアルバム『BUST WASTE HIP』(オリジナル発売:1990年、オリジナルのリマスタリング:2010年)

ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『真夜中のテレフォン(THE BLUE HEARTSの曲)ギター弾き語りとハーモニカ』)