みちくさ 赤い鳥 曲の名義、発表の概要
作詞・作曲：大村憲司。赤い鳥のシングル、アルバム『美しい星』（1973）に収録。
赤い鳥 みちくさを聴く
ステレオ空間を使い切って最高のセパレーション、密度と隙間の黄金の塩梅を実現しています。素晴らしいサウンドです。
山本潤子さんのボーカルのロングトーンの端正な波長の均整がさくれつ。The Beatles『Oh! Darling』、南佳孝『スローなブギにしてくれ』、BEGIN『恋しくて』などを思いだすトリプレットのバラードです。増3和音、オーグメント一発のイントロが轟いたらもうこのテの美歌がはじまる合図なのです。メロメロ。
緊張感を与えては黄金のカーテンを引いて夕暮れに漂うようなトランペットの和声が極上です。おしゃれ。
左にアコースティックギター、右にエレキギターが開き、アルペジオの念仏を唱えます。
ベースのセパレーションがすこぶる良い。女声の山本さんの帯域とのすみわけが良い。男声ボーカルの楽曲だったらここまでのバランス感は難しいかもわかりません。かつ、キックのアタック、重心と打点の質感も心地よい距離感で伝わってきます。こういう「自然に感じる」キックの音が私は一番好きかもしれません。マイキングの良さのたまものでしょうか。
ステレオらしい広がりを、バックグラウンドボーカルや左右に開いたギター類や金管で実現し、どの方位に注目してもいい仕事を着実にしているパートがいる様相で、かつ風通しを確保したこのサウンドを実現するために、曲調がスローなトリプレット・バラードだったことも良い結果を招く一因かもしれません。やはり打点の飽和する速いテンポの曲であったり、偶数分割の曲ではこのビートの「サークル」感、丸さ、まろやかな弛緩の気持ちよさを表現するのは難しい気がします。「みちくさ」が許される余裕をシェアできる味わいなのです。
だけど 二人を乗せた舟に たどりつける 港など なかった 今この時 私が言える 言葉は ただこれだけ あなたも ずっと 幸せならいいのに 幸せなら いいのに
赤い鳥『みちくさ』より、作詞：大村憲司
艶めき・照りとさびれたほろ苦さ際立つギターソロ明けに、この楽曲の態度の根底が明かされます。失恋といいますか、やるせなくも希望的な決別が主題だったのです。
希望的とはいったものの、本心はどうかわかりません。悔しさや未練でいっぱいだけれど、理性的に、落ち着きを持ってふるまえる人格者が主人公なのかもしれません。クゥ、泣かせます。
昨日までの 私の夢は あなたと 暮すこと だけだった だから ひとこと 言えばよかった あなたのそばを 離れはしないと だけど 今は 私だけの力で 歩いて ゆく 昔のように みちくさなど しながら
赤い鳥『みちくさ』より、作詞：大村憲司
どれだけ、あなたとの関係に主人公はまっしぐらだったのでしょう。あなたが目の前にいたときの主人公には、昔のようにする「みちくさ」がなかったのです。
あなたとは決別して歩いていくことになった現実においては、視界が広がるのです。道ばたの草にも目が止まるほどの余裕が生じる。
それくらいのスピード感が、人生の恒常である気もします。道ばたのテクスチャのなにもかをすっ飛ばしてしまう生き方……それを否定はしませんけれど、常にあぶなっかしい。いつ何と衝突して、その速過ぎるスピードにおいての恒常性を失うかわかりません。ヒヤヒヤものです。
櫂を休めることができる港がどこかにある、それを築くことで培えるものがあります。あなたと主人公がそれを持つことはなかった、幻の港。未来に、それぞれが行き着く港は別にあるのです。
青沼詩郎
『みちくさ』を収録した赤い鳥のアルバム『美しい星』（1973）
ご寛容ください 拙演（YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『みちくさ（赤い鳥の曲）ギター弾き語りとハーモニカ』）