映像 布袋寅泰と SONGS

布袋寅泰と矢沢永吉のふたりが立つ。これだけでもかなりの衝撃とフックのある画面です。アコギの矢沢永吉、エレキギターの布袋寅泰。矢沢永吉は右手の親指中心でアコギをストローク。やさしく安定したストロークです。布袋寅泰はウラ拍を強調したストロークで矢沢永吉と補完しあいます。布袋寅泰のソロギター。たった二人で映えています。

布袋寅泰は終始、矢沢永吉のほうをよく見ています。エンディングもまたリードトーン冴える布袋寅泰ソロです。オルガンの音が聴こえてきました。画面の外にもサポートがいたようです、気づきませんでした……演奏を終えて布袋寅泰のほうを満足気に人差し指でさす矢沢永吉。高らかに「Ho!」。「最高!」とも。布袋寅泰の顔つきがとても若く見えます。ふたりの年齢差はちょうど12歳ほど。

曲の名義、発表の概要について

矢沢永吉のシングル(1996)。作詞:青山一、作曲:矢沢永吉。

矢沢永吉『もうひとりの俺』を聴く

シングル版

アコギのワイドな響きのイントロ。左から突き出て右に余韻・残響が波及する感じ。シンセベースのジュンジュンと潤ったトーン。キックもズンズンと効いています。スネアはカンカンとキレたトーンでアクセント。メロはテンポ(アクセント、ビートの数・頻度)が半分。サビで本来の数でビートを打つ感じです。間奏でギターソロ。フワァーとストリングスがスロウアタック。左側から適所でシンセのチャイムのような音で合いの手の旋律が入ります。「ミソミソラ……」「レミレミソ……」といった具合です。ペンタトニックスケールですね。

『YOUR SONG 3』収録

シンセベースのイントロ。短くキレたエレキのカッティング。奥からハイハットがチッチッチッチ……ときこえます。左にアコギ。オリジナル版のように右に抜けるような余韻は抑えてありますね。フォーーーと空気を醸すシンセがさりげない。右にクワァーと高音域にキャラクターのあるオルガンがサビで目立ちます。1コーラス直後のディミニッシュの和音のシンセストリングスは左寄りに、後から右に立ち上がる声部がきこえる感じがします。フェイズがかったような、位相に特徴のある感じのキャラクターのストリングスです。

コォーとフィードバックして入るギターソロ。乾いた中音域中心に感じるトーンです。低音を削いだ音づくりでしょうか。エンディングでも冴えた音色で空間を裂きます。芯の強い磨きがかった音です。フェイドアウト。

オリジナル版よりももろもろの残響をおさえ、タイトでドライな音像の引き締まったリミックス版でした。イントロが違うと印象も大きく変わります。

ユニバーサル・ミュージック・ジャパン>矢沢永吉>DISCOGRAPHY>YOUR SONGS 3

『LIVE HISTORY 2000〜2015』

武道館公演です。

アコギのリラックス感あるストロークのイントロ。矢沢永吉の弾き語りか。観客の歓声、手拍子が一瞬きこえました。オルガンがヒュワーときこえてきます。1コーラスをむすぶと拍手があたたかくやさしく湧きます。オリジナル音源にあるディミッシュの不穏な緊張感ある和音は省いていますね。

2コーラス目でオルガンが奥ゆかしく段階的にさりげなく派手になっていく。下のほうの音域にキャラのあるトーン、高音域がたったキャラのトーン。複数の倍音が強調されているのと……実際に複数の声部でプレイしているかもしれません。ギターソロだったオリジナル音源に対しオルガンソロ、エンディングもそれです。矢沢永吉の咆哮! エンディングに矢沢永吉のフェイクボーカルが入ります。なんと歌っているのでしょう。英語でしょうか。「っっえーい!」と威勢のよい矢沢永吉の叫び。気味良いです。

歌詞

“夜更けに一人で思い出す今も 何の不安もなかったあの頃 大事な事さえ置き去りにしてきた 自分を俺は恨まないけれど もう一度光の道を駆け抜け お前に会いたい”(矢沢永吉『もうひとりの俺』より、作詞:青山一)

突っ走ってきた若い頃を回顧しているのでしょうか。今思えばたくさんの「大事な事」をないがしろにしたり、未経験のまま来たりしたのかもしれないけれど、それは突っ走っている最中の自分の視界の外だった、そういうものを通り過ぎて、自分は駆け抜けて来た。そのことを肯定している、あるいは受け入れてもいる。矢沢永吉のような稀な生き方をしてきている人だからこそ、平凡な人の多くが経験しているありふれたことを知らないこともありそうです。それだけに、特別なものを見て来た。“光の道”はSFの世界観を思います。時空を走り抜けて、あの頃の“お前”に会いたいという思慕。“お前”はタイトルで明かされている通り“もうひとりの俺”、すなわち自分という解釈で味わえると思います。

“失うものなど何ひとつない 渇いた気分で ただ瞳とじれば 言葉にならない 切なささえも 心の底に 押し込み生きてる I WON’T CRY 涙など見せはしない お前になりたい”(矢沢永吉『もうひとりの俺』より、作詞:青山一)

いつも身軽に、華麗に生きて来たからこそ失うものなど何もないという状況。それもあるかもしれません。それはあるときある瞬間、たとえばふと目を閉じた瞬間に猛烈な寂しさを連れてやって来ることもあるのではないでしょうか。それもまた、自らの選んだ道、おこない、もろもろの因果。背負って、秘めて、黙して、涙など見せずに生きていく自分になりたい。現実の自分は泣くこともあるからこそ、そういう強く寂しさに耐性のある理想像としての自分も浮かぶ。そう考えて味わうのも良さそうです。

“できるなら眼を醒まし旅に出よう 優しい夕日が沈まないうちに もう一度 光の道を駆け抜け お前に会いたい”(矢沢永吉『もうひとりの俺』より、作詞:青山一)

現実をとりもどすパートです。夜更けに回顧し、殺伐とした気持ちで目を閉じたら切なさが押し寄せることもあったかもしれません。過去を糧に、つかの間の夢を見ていた。それを区切って、また動き出そう。ただでさえあたりはもう夕日に染まっている。今ならまだ、あの頃の自分に会えるかもしれない。“もうひとりの俺”は過去の自分であると同時に、まだ見ぬこの道の先に立っている自分でもある。“もうひとり”といいつつ、いろんな「アナザー自分」がいるかもしれません。そのいずれも、“もうひとりの俺”。会ってみたいですね。

後記

自己対峙の純度こそが矢沢永吉の魅力ではないでしょうか。語りかける相手も、思い描く対象も、“俺”なのです。そこに、他人の横槍は入り込む余地もない。そこに惹かれるのです。

自分が本当に欲しいものを自分がわかっていないことって多いです(私の場合)。誰かの生き方に口出しするなんてのは愚の極みで、誰かがある人の「口出しの通り」になったところで、そこに想像を超える感動はありません。自分の想像を超えたものに自分がなること。自分が想像もしなかったものを生み出すこと。そういうものが人生の大切なミッションだと私は思います。だから、自分の本当に欲しいものって、本当は常に「今はまだ存在しない何か」なんじゃないかな。

“もうひとりの俺”には、一夜のブルージーな感情がコンパクトな情景に詰まっています。現在・過去・未来がカクテルされた矢沢永吉の自己愛、その苦味のむこうにきらめきを感じる、とても好きな曲です。

青沼詩郎

矢沢永吉 公式サイトへのリンク

『もうひとりの俺』を収録した『E.Y 90’s』(1997)

『もうひとりの俺』(リミックス版)を収録した『YOUR SONGS 3』(2006)

『もうひとりの俺』(ライブ)を収録した矢沢永吉の『LIVE HISTORY 2000〜2015』(2018)

矢沢永吉のシングル『もうひとりの俺』(1996)

ご笑覧ください 拙演