夏の思い出 曲の名義、発表の概要
作詞:江間章子、作曲:中田喜直。
“NHKからの依頼で作った曲”
“1949年(昭和24年)6月13日にNHKのラジオ番組『ラジオ歌謡』にて石井好子の歌で放送される”
とされています。
純然たるクラシック歌曲……なんてものが日本の歌曲にあるのか正直わかりませんが、そういう芸術音楽筋の「日本歌曲」、あるいはお国がつくらせた「唱歌」の類というイメージを勝手に抱いていました。
確かに日本語の歌曲:日本生まれの歌曲であることに間違いはないでしょう。NHKからの依頼で作られ、ラジオで放送され人気を博した……というような風向きに読めるWikipedia記事が意外でした。もっといかめしい(厳格な感じの)出自をもつ曲だと勝手に思い込んでいたのです。
NHKは公営といいますか、ある種のそういう「いかめしい組織」ともいえるのかもしれません。ラジオというメディアに使うために依頼された、と読めます。つまり、具体的な使途があってオーダーされたのです。具体的な使途に沿って作曲されること自体は別に特記すべきでない普通のこと、むしろ当然のことかもしれませんが、音声のメディア、ある種「ながれもの」「消えもの」としての宿命を背負った、刹那で瞬間的なもの、現在の心をつかむための「フロー」系の媒体に乗ることをひとまずは前提として書かれた楽曲だったという背景が意外だったのです。もちろん、作り手や送り手としては長く歌われ、再生を繰り返され、後世に届くものを心がけて生産したのかもしれませんけれど、それはそれとして。
夏の思い出を聴く
伊藤 京子(ソプラノ)/三浦 洋一(ピアノ)配信限定アルバム『にほんのうた 心のうた 日本の歌曲ベスト』(2017年配信、オリジナルリリース1988年)
にほんのうた 心のうた 日本の歌曲ベスト ビクターエンタテイメントサイトへのリンク
眠っている赤ちゃんをピアノから1〜2メートルくらいの距離に置いて演奏しても眠りを妨げなさそうな柔和極まるピアノが静謐で平和です。歌のバックのときの柔和なタッチときたら毎日飲み続けても健康でいられるお味噌汁のような塩加減です。歌がいなくなる間奏のところなど煌びやかさを微増させるタッチのコントロールが絶妙。
また歌唱のタッチもすばらしい。母音と子音のセパレーションが自然にはっきりとれています。語句のあたまが母音のときは穏やかに立ち上がり、子音が先に来る語句は溌剌とした子音が一瞬先に出て、尾瀬がたずさえる染み出した泉のように母音が続きます。
抑揚のおだやかな旋律に、ときおり副次調和音が混じりドラマティックにボーカルの旋律もドラマを起こします。トンボが獲物を捕まえる瞬間のような、自然の風景の平和さのなかに溶けた非情な摂理を映しとる美曲を最上のお手本で演じます。
私としては合唱曲という印象が強いですが、独唱のお手本にするならこの歌唱とピアノが最上のリファレンスのひとつになってくれるでしょう。
青沼詩郎
『夏の思い出』を収録した『にほんのうた 心のうた 日本の歌曲ベスト』(オリジナル発売年:1988)
ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『夏の思い出 (日本歌曲)ピアノ弾き語り』)