加山雄三さんというと、『君といつまでも』のハイライトシーンのような朗々として雄大な歌唱のイメージを真っ先に抱きがちなのが私の心のうちの実際ですがどうでしょう、この『何故』という漢字二文字のタイトルを持つ楽曲のメランコリックといいますかアンニュイといいますか酸いも甘いも嚙み分けたような大人の「含み」。
嘆くような柔らかいタッチのボーカルなのですが、ウィスパーというわけでもなく、しっかりと中心に太くあたたかな感触と、響きにどっしりとした質量があります。
Bメロに至っては、ボーカルのストローク・ポイントが非常に少なく、“愛しているのに”たったワンフレーズを言うのに幅を割きます。伸ばしているその声のテクスチャが命であり、最低限の挙動で奥行きを醸す、加山さんの風格があらわれる楽曲です。シンプルなのですが情感豊かで、アルバムのなかにこうした曲がポンと入るのは非常に私の好感ポイントです。さりげないが故に、すごいなぁこの人は……と思わせるのです。
この“愛しているのに”の部分ではドラムスがバイテン=倍のテンポになりますね。キックとスネアの頻度がポップソングの定型である2・4拍目の強調以上に、「1と・2と・3と・4と」の裏拍それぞれに入ります(伝わります?)。シンプルなフレーズ・さりげなくてかろやかな曲想においてにじみ出る加山さんの声の風格を支持したばかりですが、一方で、こうした曲調の変化も、シンプルなボーカルメロディを魅力的に演出するのも実際のところです。この“愛しているのに”の部分が、ノーマルテンポのままだったら……? 確かに、いくぶん冗長な感じになってしまうかも分かりません。
ほわーんと漂うビブラフォン。ズシンと響く一方で軽やかなドラミング。ストリングスが王道の風格です。エレクトリック・ギターがアクセントをきめてはチョーク・アップで気の利いたせりふを添えるみたいです。チコチコとグロッケンのストロークが華やか。シンプルでコンパクトにも思えるのですが、楽団を率いたフルスケールの編成でもあるよう。それぞれが出どころをわきまえており、ボーカルの情感の余白のための風通しを確保したアレンジ。哀愁が吹き抜けていくようです。
ずば抜けた有名曲をたくさん持つ一方で、こういった自分なりのお気に入りをみつけさせてくれるのも加山雄三さんを聴く楽しみのひとつでしょう。メロディ・メーカー:弾厚作(加山さんの変名)の幅広さを思います。メロディというか、音楽自体が幅広なのです。彼が純然たる音楽家であるのを思います。
青沼詩郎
『何故』を収録した加山雄三のアルバム『君のために』(1968)
ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『何故(加山雄三の曲)ギター弾き語りとハーモニカ』)