お客さん、終点だよ。
架空の喜劇でしか聞いたことのないせりふですが「私と〇〇、どっちが大事なの?」と、恋仲だったり配偶者関係だったりする二人のうち片方が、もう片方の一人を問い詰めるシーンが思い浮かびます。その〇〇に代入されるのは仕事だったり趣味だったり、あるいは誰かほかの第二・第三の恋人候補だったり浮気相手だったり愛人だったりするのかもしれません。
Railroad manを鉄道職員ととるか、あるいは鉄道オタクととるかすると【仕事、あるいは趣味】と私のこととどっちが大事なの? といったニュアンスになるかもしれませんが……。
鉄道は、2本で1組の軌道に列車が直列でのみ走ることのできる軌道であり、人生、そしてその人生を誰を伴侶に行くのかという観念の比喩にも思えます。
また、現代における平等や公平・多様を尊重し認め合う価値観・見地からすると眉をひそめる比喩であるのも否めませんが、女性を列車や車両あるいは路線に、そして次々と新しい相手と“そういう仲になること”を列車の乗り換え・乗り継ぎに喩えている読み筋がこの楽曲にはうかがえるでしょう。
その比喩のニュアンスを踏まえたところで、主題の“Never Marry a Railroad Man”という主張の見地が解釈できます。
楽曲の圧巻のみどころはパンチの効いたマリスカ・ヴェレスのリードボーカルはもちろんですが、間奏部分の“ラードーミレドーレー”(メインの調はDm、左記のカタカナは実音表記です)というギターのモチーフを発車の合図に半音ずつ調性がずり上がっていく展開が、ほいほいと新しい相手に乗り換えて行く浮気者を表現しているようで感服の意匠です(浮気・不倫の善悪は別として……)。
Dm→B♭→E♭m→B→Em→C→G、G→Dmというコード進行が間奏部にうかがえるはずなので熱烈ご注目を。ぜひあなたも“Railroad man ”の浮気現場の目撃者になってみてください。ちゃんと元のDmに戻ってくるところがいかにも軽率なあやまちであった非を認めるという感じがして、部外者の私は娯楽としての醜聞を楽しめますが当事者にはなりたくないものです。

圧巻の転調進行の間奏とギターのリードプレイを経て楽曲のテンポは弛緩しハーモニカの音色が空虚に漂い、鉄道野郎に失望したであろう主人公の無力感と哀愁の黒煙が空中に飛散します。このテンポの緩みも3行ほどの歌詞、そしてmmm……という言葉にならないハミングが暗示するあてもない逡巡を経て解消されます。……許しちゃっていいのかい? いえいえ、元のテンポとともに正気を取り戻したボーカルのフレーズは “No No No!!” 。
結論はやはり主題の“Never Marry a Railroad Man”。お客さん、終点だよ。
Never Marry a Railroad Man Shocking Blue 曲の名義、発表の概要
作詞・作曲:Robbie van Leeuwen(ロビー・ファン・レーベン)。Shocking Blueのアルバム『Third Album』(1971)に収録。
Shocking Blue Never Marry a Railroad Man(『Third Album』収録)を聴く
イントロ、それから間奏のギターのリードプレイが軽やかでかつパッショナブルなのです。まるでnew trainの魅力に素直すぎる誰かさんみたいに……
マリスカ・ヴェレスのリードボーカルにまるでエレキギターみたいな華やかさがあるせいか、改めて聴いてみるにエレキギターが入っていないことに気づき驚きました。この曲に入っているギターはたぶんみんなアコースティックギターだと思います。右のほうの定位でガチャポコと延々と続く枕木を乗り越えるみたいな恒常的なリズムギターもアコースティックだし、旋律的なプレイのギターもアコースティックのように聴こえます。
ザ・ローリング・ストーンズのギターのリフレインが印象的な名曲のなかにも実はあのフレーズに用いているのはアコースティックのギターだったというものがあります。
ガチャポコと恒常を敷くアコギのストロークに、ドラムのリズムが動力を与えます。一瞬の出来事ですが、フィルインの解像度がすごく細かい瞬間があり達者で適確な演奏技術をお持ちなのがうかがえます。
女声のリードに、下ハモで男声が入っています。結局こうした、関係を結ぶ相手とのあいだに生じる失望も含めて共有事項としてお互いに受け入れ、一定範囲の諦観とともに生きていかなければ(レールの軌道を歩んでいかねば)ならない真理を二人のハーモニーに重ね見ます。
ハーモニカの演奏担当は誰なのでしょうか、鋭い輪郭線と哀愁あるボディの響きの両方があってとても良い音色です。
また、ブフォォーという左のほうの定位に入っている音色が低いサックスにも聴こえるのですが、ひょっとしたらバス・ハーモニカなのかな? との仮説も否定できず、今私の手元の情報源では演奏担当者とパート名が確認不足です。いずれにしても、このリード系の音色が機関車のような動的な印象、システマティックな無機物感と発熱を表現して思える特記ポイントです。
主題は“Never Marry a Railroad Man”なのですが、最終的には不和も緊張も音楽というこの世で最も博愛な精神の器(いれもの)、その軌道(レール)によって束ねられて二人は進んでいき、未来の終着点はフェード・アウトによってサスペンド(宙吊り)にされています。
結婚してはいけない、といいつつも、自分が結婚してしまったがために現実の嘆きとして言っている……他人には「〇〇しちゃいけないよ」などと言いつつも自分はその状況を最終的には受け入れているという自己批評にも思えて、なんだか潔いです。
青沼詩郎
参考Wikipedia>Third Album (Shocking Blue album)、ショッキング・ブルー
参考歌詞サイト Genius>Never Marry a Railroad Man
『Never Marry a Railroad Man』を収録したShocking Blueの『Third Album』(1971)