作詞:岡本おさみ、作曲:吉田拓郎。よしだたくろうのアルバム『今はまだ人生を語らず』(1974)に収録。

後奏をたっぷりめに聴かせてくれます。それでも3分にいきませんから、こうした「間」が重要な楽曲かもしれません。

ハデハデの鍵盤がすごいです、特にサビのところ。16分音符が猛烈。エレキギターのライトハンド奏法かと思う、目から火花が散りそうなプレイです。カラカラチンチン⭐︎!とライドシンバルのカップショットのようなサウンドも火花もの。左にエレピ。右に生ピアノ、右にひゅーっと通るオルガン。

エレキギターはワウの効いたサウンドがいます。かなりキャラのついた音色で周囲に埋もれず邪魔せず、緩急のついたフレージングで耳の注意をリード。

ドラムスのタムが左右に派手に振ってあります。左右にふった鍵盤類、またストリングスも方々から聴こえてきて瑞々しく颯爽としており、華やかでパワーあふれるサウンドが両耳の間を爆発させんばかり。“世界的名匠バーニー・グランドマンによる最新リマスタリング”とある復刻版の様子。

メロの歌い始めは低く、サビの「おはよう」ははつらつとした吉田拓郎さんのボーカルも堂々として美味しい存在感いっぱいです。

“夜明けは いつもの うす茶色 始発電車が 走ってく 今ごろ ホームでは 働きものの 酔っぱらいが

目醒めてる 光に眉を くすぐられて

おはよう! 死んだふりは やめなさい

おはよう! 生きていくのが下手な男たち”(『おはよう』より、作詞:岡本おさみ)

吉田さんの作曲と名前が並ぶことの多い岡本おさみさんの作詞。

勤め人の無情な日常のはじまりを告げる・呼びかける歌詞が印象的です。うす茶色なのは、「夜明け」なのか「始発電車」なのか、その両方なのか。夜明けがうす茶色である、というのも独創的に思えます。神々しい、よりあざやかな色のほうを歌詞に用いたくなるのがありがちな作詞者の潜在願望に思えるからです。かれらの従事の毎日の非情さを表現するに「うす茶色」が絶妙に思えるのです。

その形容詞が、始発電車に係っていたのだとしてもそう表現の本質はぶれることがなさそうです。彼らをあたらしい一日の始点へと運ぶ非情な時の流れの象徴、それが「うす茶色」をした「始発電車」だとするのも、また映像を個性的にします。

ある夜、この楽曲のレコードをリビングで私が再生していたら幼児と低学年児童のふたりの息子に歌詞が受けていました。 ”死んだふりはやめなさい”のラインですね。子供は楽曲の端っこだけを切りとって、ごく短い時間で、瞬間的におかしみが伝わる表現をよく拾います。「やめなさい」と、なんだか先生みたいな否定形も訴求力がありますし、「死んだふり」というのがあまり日常で人間がとることの少ない動作(特に都市で労働、それも特にオフィスワークであればなおさら)ですから特異な響きです。子供らの人気者、虫(昆虫類)や動物ならまだ日常、それも命を守るシビアで深刻な場面でとりうる挙動が「死んだふり」でしょう。

“ランニング姿の 陽気すぎる ニュース屋が 届けて歩く ひと息つける 今日の笑いを”(『おはよう』より、作詞:岡本おさみ)

は新聞配達員の描写でしょうか。都市の朝に無数に繰り返されてきたおこない、仕事のひとつでしょう。「笑い」を届けるのはちょっとスポーツ新聞っぽい気がします。どちらかというと毎日家などに届く新聞はちょっとかたくて社会的なやつのイメージをしますが、笑いと届けそうなスポーツ新聞も毎日配達するサービスが存在するのでしょうか? へんに細かいところを想像してしまいます。

“おはよう! ハゼが沢山釣れました おはよう! おどろくなかれ 東京湾でさ”(『おはよう』より、作詞:岡本おさみ)

ハゼって東京湾で「沢山」釣れるのはめずらしいのでしょうか。ハゼを釣る手法・釣り場として私が思い浮かぶのは浜辺での投げ釣りです(やったことはありません)。確かに、東京湾には投げ釣りを楽しめる浜辺はそうそうなさそうに思えます。

ハゼ釣りの手法はさておき、日記のような内容をあえて2番目のサビにもってきているところがとても印象に残ります。なんなんでしょう、この大衆むけの商業音楽として、日記のような内容は。もちろん好意的な意味でいっています。特徴的でユニークなのです。

ひとつ思ったのは、きのうの酒もろくに抜けていないような酔っ払い境界人間たちと、釣り上げられたハゼの数々の姿が、私の中で重なるところがあるというところです。なかなかに風刺的でシニカルでもある解釈でしょうか。釣り人に釣られるハゼたちと都市の労働者たちを重ねるのは行き過ぎ?

颯爽としたメッセージと磐石でハイクオリティな演奏と、この歌詞のハマりの特異さの振れ幅が非常にユニークです。それこそ東京湾でハゼが沢山釣れる現象、に重なる希少さなのでしょうか。

青沼詩郎

Wikipedia>今はまだ人生を語らずへのリンク

吉田拓郎 エイベックス・オフィシャルサイトへのリンク

参考歌詞ページ KKBOX>おはようへのリンク

『おはよう』を収録したよしだたくろうのアルバム『今はまだ人生を語らず』(オリジナル発売年:1974)

ご笑覧ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『おはよう(吉田拓郎の曲)ギター弾き語りとハーモニカ』)