作詞・作曲:草野正宗。編曲:笹路正徳、スピッツ。スピッツのシングル、アルバム『空の飛び方』(1994)に収録。

リスニング・メモ

いろいろと良すぎて何から手をつけてよいのやらため息が出る思い。

ベースがすごいです。どうやったら1サビ明けからのあの8分音符で動きまくる局面に指・発想が赴くのでしょうか。熱量を抑えた感じの1サビ明け・2Aメロの空間のあそびを活かしてベースが縦横無尽します。楽曲名のとおり、蜘蛛が縦糸・横糸を組み合わせた巣を飛び出さんばかりに生活する様子の表現を思わせます。

音の空間がすこぶる気持ち良いです。天井のあたりでしゃんしゃんとなる多様なシンバル。左右に振ってあります。キックは器量よくアタックも太さもありスネアはカンカンパシンと抜けよくパワーと芯の堅さがあり、ふたつは真ん中付近で鳴ります。タムとシンバルが極限に定位を広げて感じるのですが、際限がないという感じよりは、まあるい球体をイメージさせる音の空間が幸せ。

ここに草野マサムネさんのシューシューと木綿のような質感と絹のようななめらかさが同居した極上のトーンの歌声。

間奏のコーラス(BGV、バックグラウンドボーカル)がまた耳福です。グワーっとギターなどの楽器パートを主役にしちゃうのでなく、天から注ぐような神々しいサスティンに時間の進行を司らせます。

このクワーっという響きのなかで、Eメージャー調からFメージャー調に半音上がって昇天してしまう。サスペンデッド(掛留)っぽいひびきでクっとあげてしまうのです。一瞬の出来事で、転調させたあとにはすぐ2拍3連っぽいリズムの大仰な揺さぶりでサビに突入するので、「サビ前で転調した」みたいなある種のいやらしさ、「意匠のこれ見よがしさ」みたいなものがありません。私の引き出しの狭い予見のはるか遠く先を走る展望です。

最後のサビをリフるときに2/4拍子でしょうか、半端な小節を挟んで流れの良さ、緊張感、リスナーを離さない「間(ま)」が秀逸。半端な小節を挟むというよりは、冗長になる空間を詰めたという方が適切でしょう。神様の鋏が入ったよう。スピード感があり快活です。

この間の絶妙さによって、もっとずっと聴いていたいくらいなのですがエンディングの処理はフェードアウト。3分台におさまるこのサイズ感は、ある時代までの音楽(レコードを媒体とした)を想起させる様式美であり、スピッツのメンバーらが愛好する音楽に通ずる様式美を勝手ながら想像させます(どんな曲にもサイズそのものは存在するのでそこを論旨に何かをいうのは無茶がありますが……勝手ながら私が連想したまで)。

歌詞

“可愛い君が好きなもの ちょっと老いぼれてるピアノ”

“さびしい僕に火をつけてしらんぷり ハート型のライター”

(『スパイダー』より、作詞:草野正宗)

草野さんがいつだったか“ロック大陸”のラジオで話した弁を借りていえば「小物遣い」みたいなものの気が利いており、愛嬌があってはじける無邪気な映像を感じる歌詞ですが、私の思う異彩なほどにキレを放つラインは

“洗いたてのブラウスが今 筋書き通りに汚されて行く”(『スパイダー』より、作詞:草野正宗)

です。草野さんの歌詞の凄味は、無邪気さといいますか無垢さといいますか、ときに非情で利己的で合理的であったりもするのですが、そこがどこまでも透き通っている。透明なのです。透けて明らか、の字の通り。透けてしまうと、それ自体は中身が何もないんじゃないかと横槍する私も顔を出すのですが、その視界の良さの向こうに自分の好きなものを幻視させるような透明さなのです。

どんな言葉・語句にもその人だけのイメージがあり、たとえばハート型のライターひとつとっても、ちょっと老いぼれているピアノひとつとっても、そのラインを受けて想像するディティールは一人ひとり違います。極端な話、コカ・コーラなどと固有名詞で、大量生産で同クオリティのものが世にたくさん存在するモノを指して言い放ったとしても、その周囲の背景情報・周辺情報だったり、コカ・コーラをインプットして得る体感はその人だけのディティールがあります。(ビン?缶入り?固有の商品のコカ・コーラだって実に色々です。)

楽曲は、リスナーを映す鏡です。草野さんの描く歌詞、スピッツの楽曲に関しては、鏡というよりは、ガラスとか水のような、純度の高い、存在するのに存在しないみたいな不思議な媒介を思わせるのです。向こうを見せるのに、状況によっては反射してこちらを映し出します。そのとき見えるのは、うすっぺらな己なのか? 肉体に宿る精神なのか……?

透明さの話に没入してブラウスのくだりを置いてけぼりにしましたが、ブラウス、それも洗いたてのものは純白・純潔、これから一日の生活感、酸いも甘いもを刻みこまれて固有の模様・様相をおびていくモチーフです。「筋書き通りに」のところに筋書いたライターの存在を思わせますが、主人公なのか、主人公の周辺・あるいは親しい存在なのか、あるいは神みたいな圧倒的に命運を握る超越した存在なのかわかりません。一日のルーティンのことなのかな。色々想像させます。

想像の展開を誘い、多様な広がりを起爆します。導火線にうっかり火をつけさせるのです。聴いた瞬間、もうやっちゃっている。スピッツの手の内です。スゴいバンドです。

楽曲の主題に乗っていうなら、蜘蛛の巣にかかっている。さっぱりしているのに、ひきこむ粘着質。でもベタベタというよりは引力があります。質量がすごいのですね。さわやかだけどブラックホールみたい。

青沼詩郎

参考歌詞サイト 歌ネット>スパイダー

参考Wikipedia>スパイダー(曲)

スピッツ 公式サイトへのリンク

『スパイダー』を収録したアルバム『空の飛び方』(1994)

SPITZ SPIDER

ご笑覧ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『スパイダー(スピッツの曲)ギター弾き語り』)