いろいろと良すぎて何から手をつけてよいのやらため息が出る思いです。
ベースがすごいですね。どうやったら1サビ明けからのあの8分音符で動きまくる局面に指が・発想が赴くのでしょうか。おさえた感じの2Aメロの空間のあそびを活かしてベースが縦横無尽します。楽曲名のとおり、蜘蛛が縦糸・横糸を組み合わせた巣を飛び出さんばかりに生活する様子を思わせます。
音の空間がすこぶる良いです。天井のあたりでしゃんしゃんとなる多様なシンバル。左右にふってあります。キックは器量よくアタックも太さもありスネアはカンカンパシンと抜けよくパワーがあり、ふたつは真ん中付近でなります。タムとシンバルが極限に定位を広げて感じるのですが、際限がないという感じではなく、まあるい球体をイメージさせる音の空間です。
ここに草野マサムネさんのシューシューと木綿のような質感と絹のようななめらかさが同居した極上のトーンの歌声。
間奏のコーラス(BGV、バックグラウンドボーカル)がまた耳福ですね。グワーっとギターとかの楽器パートを主役にしちゃうのでなく、天から注ぐような神々しいサスティンに時間の進行を司らせます。
このクワーっという響きのなかで、Eメージャー調からFメージャー調に半音あがってしまいます。サスティン(掛留)っぽいひびきでクっとあげてしまうのです。一瞬の出来事で、転調させたあとにはすぐ2拍3連っぽいリズムの大仰な揺さぶりでサビに突入するので、「サビ前で転調した」みたいなある種のいやらしさ、「意匠のこれ見よがしさ」みたいなものを感じさせません。私の引き出しの狭い予見のはるか遠く先を走っています。
最後のサビをリフるときに2/4拍子でしょうか、半端な小節をはさんで流れの良さ、緊張感、リスナーを離さない「間(ま)」を尊重しています。半端な小節をはさむというよりは、冗長になる空間を詰めたという評し方が適切でしょう。これによってスピード感があり、快活です。この間の絶妙さによって、もっとずっと聴いていたいくらいなのですがフェードアウトしてしまいます。3分台におさまるこのサイズ感は、ある時代までの音楽(レコードを媒体とした)を想起させる様式美であり、スピッツのメンバーらが愛好する音楽の存在を勝手ながら想像させるところです(曲のサイズなんてものはひどく一般的な観念で、どんな曲にもサイズそのものはあるのでそこを論旨に何かをいうのはだいぶ無茶であるのは認めざるをえないところだと思います。勝手ながら私が連想したまで)。
“可愛い君が好きなもの ちょっと老いぼれてるピアノ”
“さびしい僕に火をつけてしらんぷり ハート型のライター”
(『スパイダー』より、作詞:草野正宗)
などと、草野さんがラジオで話す弁を借りていえば「小物遣い」みたいなものの気が利いており、愛嬌があってポップで無邪気な映像表現を感じる歌詞ですが、異彩なまでのキレを放つラインは私としては
“洗いたてのブラウスが今 筋書き通りに汚されて行く”(『スパイダー』より、作詞:草野正宗)
です。草野さんの歌詞のすごいのは、無邪気さといいますか無垢さといいますか、それはときに非情で利己的で合理的であったりもするのですが、そこがどこまでも透き通っている、透明なのです、透けて明らか、の字の通り。透けてしまうと、それ自体は中身が何もないんじゃないかと異論する私のなかの私もあらわれるのですが、その視界の良さのむこうに自分の好きなものをあてがって見させてくれる、というような透明さなのです。
どんな言葉にもその人だけのイメージがあり、たとえばハート型のライターひとつとっても、ちょっと老いぼれているピアノひとつとっても、そのラインを受けて想像するディティールは一人ひとり違います。極端な話、コカ・コーラなどと固有名詞で、大量生産で同クオリティのものが世にたくさん存在するモノを指して放ったとしても、その周囲の背景情報・周辺情報だったり、コカ・コーラをインプットして得る体感はその人だけのディティールがあります。
楽曲は、リスナーを映す鏡であるという面もあります。草野さんの描く歌詞、スピッツの楽曲に関しては、鏡というよりは、やはりガラスとか水のような、純度の高い、存在するのに存在しないみたいな不思議な媒介を思わせるのです。向こうを見せるのに、状況によっては反射してこちらを映し出します。そのとき見えるのは、うすっぺらな己なのか? 中身のある己なのか……?
透明さの話にそれてブラウスのくだりを置いてけぼりにしましたが、ブラウス、それも洗いたてのものは、やはり純白・純潔、これから生きるうえでの酸いも甘いもを刻みこまれて固有の模様・様相をおびていくモチーフです。「筋書き通りに」のところに、筋書いたライターの存在を思わせますが、主人公なのか、主人公の周辺・あるいは親しい存在なのか、あるいは神みたいな圧倒的に命運を握る超越した存在なのかわかりません。
想像を導きますし、それを許容しますし、多様な広がりを起爆します。まず何より導火線にうっかり火をつけさせるのです。気付いたらもうやっちゃっているのです。スピッツの手の内でしょうか。スゴイバンドです。楽曲の主題に乗っていうなら、もう網(くもの巣)にかかっている。さっぱりしているのに、そのままひきこむので粘着質といいますか、ベタベタというよりは引力があります。質量がすごいのですね。さわやかだけどブラックホール。
青沼詩郎
『スパイダー』を収録したアルバム『空の飛び方』(1994)
SPITZ SPIDER
ご笑覧ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『スパイダー(スピッツの曲)ギター弾き語り』)