歌い出しの跳躍
跳躍がすごい。“何もないな 誰もいないな”(『イージュー★ライダー』より、作詞・作曲:奥田民生)♪ファ# ラ ラ ラ ソ# ソ#(♪何もないな)♪ド# ド# ミ ファ# シ ー ラ シー(♪誰もいないな)という歌い出し。前半の“何もないな”の末尾の「な」はソ#で、次のフレーズ「誰」のアタマの「だ」はド#。ここは完全5度下行の跳躍。
この跳躍をクリアしたとして、“誰もいないな” の跳躍がまたすごい。最初の2音、「誰」のところは下のド#から上のド# へオクターヴ(8°)跳ぶ。しかもアタマの「だ」を歌うときに鳴らされているコードはEメージャー。「ミ ソ# シ」の和音で、歌メロ「だ」のド#は非和声音(和音に含まれる音以外)。Eメージャーコードにおいて6thの響き。同音連打や長音による保続か、せめて順次進行(となり合った音への進行)でこの音程があらわれてくれればまだいいが、跳躍かつ非和声音でぶち込まれると非常に難易度が高い。
“誰もいないな”の「いな」のところはファ#→シと5度下行する。この5度下行がやっかいなうえ、下行先の「シ」はこれまた非和声音。ここで鳴らされているコードはDメージャーで、構成音(和音に含まれる音)は「レ ファ# ラ」。歌メロの「シ」はここでも非和声音で、これまたDメージャーコードに対して6thの響き。
大きな跳躍+着地先が非和声音という、まるでフックにスクリューを合わせた変化球。カッコイイ大好きなみんなの奥田ロック・アンセムを俺も歌いたい! と思って勇んで臨むと、歌い出しの超魔球にいきなり空振り三振。玉砕する自分に私は笑ってしまった。
BメロのD7
シンプルな長短の3和音を多く使っているけれど、Bメロ “名曲をテープに” の「テープに」のところでD7の響きがする。Aメージャー調のこの曲において、ドには普段「#」がつく。D7の響きにおける「ド」には「#」がつかない。通常のAメージャースケールの音階音よりも、半音低い(Aメージャー調においてこれは、3番目の音<ラ、シ、「ド#」>が半音下がった状態)。これによって、この瞬間、いっきにものぐさで気だるい、やる気のないような情けのないような、あるいはきゅんとした感じがする。それは一瞬だけれど、確かに奥田ロックの烙印のように私は思う。
低音の保留と順次下行
“僕らの自由を 僕らの青春を” (『イージュー★ライダー』より、作詞・作曲:奥田民生)のところのコード進行。
この調の主音であるA(ラ)を低音に置いて、上の音域の和音をA、D、A、Dと動かしている。Dのとき低音にA(ラ)を置くのは「第2転回形」。
(Dメージャーコードの構成音は「レ ファ# ラ」で、低音にレを置けば基本形、ファ#を置けば第1転回形、ラを置けば第2転回形となる。ちなみにD7「レ ファ# ラ ド」の「ド」を低音に置けば第3転回形)
Aの上で和音を動かしたのち、低音がG#に下がる。和音はC#メージャー。構成音は「ド# ミ# ソ#」で、「ソ#(G#)」が低音にいるのでここでも第2転回形となる。この低音は→F#→Eまで順次下がっていく。サビには「ふたつの第2転回形」がいて、それを含めた低音の保留と順次下行が安定感や開放感を演出していたのだ。
歌詞
歌詞は「いいこと」「クサイこと」「説教じみたこと」「ごまをするようなサービス心」「感動させようという目論見」の類いを排している。これが、多くの人とひとつになれるロック名曲の要因かもしれない。ここに、スピッツの楽曲に対しても共通性を思う。ことばが、音が、韻がキモチイイ。音楽がどこまでも連れて行ってくれる。
青沼詩郎
『イージュー★ライダー’97』を収録した奥田民生のアルバム『股旅』(1998)
8cmCDシングル『イージュー★ライダー』は1996年6月21日発売