5音音階と寅さんのあの曲と地元での出会い

2023年は、私が住んでいる地元の音楽や演奏が好きな方と出会うことの多い幸いな年でした。

お知り合いになった方の中に、尺八を演奏するのが好きな方がおられて「この曲知らない?」といった文脈で尺八で演奏してみせてくれたのが山本直純さん作曲の『男はつらいよ』のメロディでした。

伴奏なしに、なんの曲のどの部分から演奏を始めたのか、拍子もわからない状態で尺八の演奏を聴かされた瞬間はなんの曲かわからず「なんという曲ですか」と正直にお訊ねすると『男はつらいよ』だといいます。なんだ、それなら知っています。楽曲のイントロが私の脳内にも轟かんばかりに記憶されています。

尺八は5音音階を吹くのに都合がよく、『男はつらいよ』のメロディと相性がよいようです。その方の尺八の音色で聴く『男はつらいよ』のメロディは素敵なものでした。ちなみに、例えば一尺八寸のD管ではレ・ファ・ソ・ラ・ド(DFGAC)が吹きやすいんだとか。なるほど、その管ならFメージャーのペンタトニックにも向くようです。

『男はつらいよ』の原曲キーはGメージャーなので、そのときその方が吹いてくれたのは全音下げのFキーでD管を用いて吹いてくださったのか、あるいは全音高いE管(一尺六寸)を用いて吹いてくださったのか今となってはわかりません(相対音感の私)。

その方の演奏レパートリーを見せてもらうに、楽曲のセンスの波長が私の趣味とよく合致するようで、このブログでも鑑賞したことのある井上陽水さんの楽曲ほかさまざま、傾向が同調するものが見受けられました。おまけに今回は『男はつらいよ』を鑑賞するきっかけをいただきました。

普段は家でひとりで作詞作曲をする、演奏を録音する、名曲を鑑賞する、ブログを更新するといった活動に傾いている私なので、実際に出会う方から好きな音楽や素敵な楽曲を教えてもらうのは最大の喜びのひとつです。

渥美清 男はつらいよを聴く

作詞:星野哲郎、作曲・編曲:山本直純。渥美清のシングル(1970)。テレビドラマ『男はつらいよ』(1968)主題歌。

寅さんに扮する渥美清さんのボーカルの存在感が圧倒的です。質量感がすごいですね。歌がうまい。歌唱力とはこういう説得力なのだと頭が下がる思いです。

せりふが流暢なのなんの。導入部とエンディングに入ります。口がうまい。言い負かされて、彼のいいなりになってなんでも付き合ってあげたくなってしまうでしょう。ヘンな壺を売るのが寅さんの商売だったら私、買ってしまうかも……喩えが良くなかったかもしれません。忘れてください。

イントロの、私の脳内に強烈に残っている自由な気風のメロディ。これはいくつかの楽器の合音であるようです。クラリネットと、複音のアコーディオンと、左トラックに寄っているストリングスの高音パートの合音でしょうか。複数の種類の楽器のいいところが合わさった波長。圧倒的な郷愁の温度感は、単一の種類の楽器では出せないでしょう。寅さんマジック、男はつらいよを印象づけるイントロの音は、そのドラマが魅せるのとがっちり符号するように、人間模様そのものであり、その総和なのですね。

図:渥美清『男はつらいよ』イントロモチーフとコードの採譜例。ビート感がないので、アウフクタクトしたりフェルマータしたり自由に伸び縮みしているかのようにも感じるモチーフです。この採譜も例でしかないので、作曲者の山本直純さんの認識と異なるかもしれませんし、鑑賞したあなたの感じ方もそれぞれかもしれません。人を惹きつけるイントロです。

左にチャチャッチャ……とかろやかな撥弦楽器はギターでしょうか。演歌の伴奏の定型っぽい。右のほうでパサパサといるのはスネアのブラシプレイか。「ドラムセット」的な存在感はありません。真ん中あたりで、コントラバスが圧倒的な抱擁力を発揮し伸びやかで深いトーンでオケとボーカルのすべてを支えます。この総和にはこのベースあり。

クラリネットらしきパートは渥美清さんのボーカルパートとユニゾンを奏でます。渥美清さんのボーカルトラックを抜いたらそのままカラオケトラックにできそうに思うほどです。

エンディングでごく高い音域でポロロとモチーフを天に向かって転がすのは(音源3分11秒付近)ピッコロでしょうか。最後まで気が利いています。

腹で泣く

“男とゆうもの つらいもの 顔で笑って 顔で笑って 腹で泣く 腹で泣く”(『男はつらいよ』より、作詞:星野哲郎)

男にどんな性や個人をさす生きとし生ける名詞を代入してもよいかもしれませんが、ここは一応寅さん、主人公としての人格があるので「男とゆうもの」といっている。嫌味も何もありません。ドラマや映画の『男はつらいよ』シリーズを恥ずかしながら私はちゃんと鑑賞したことがないので、果たして寅さんという人格のどこは誉めるべきでどういうところは非難されるべきかもわかりませんが、とにかくこの音楽を聴いて私は嫌なところやヘンに差別的なことは想像しません。

本音を顔に随時出しながら生きられたら、果たして楽なのでしょうか。それはそれで、いろんな災難が待っている気もします。腹で泣いて、顔では笑っておくことで、「和」の総量が増えるのではないか。

言葉をかえれば、腹では泣いて「オッケー」なのです。それをするだけで、結果、人と人が滑りよく回る。余計な摩擦で怪我を負う人や機会は減るのです。

そういうことをおっしゃっているんじゃないかな……と、私個人は思います。

ドラマシリーズや映画の『男はつらいよ』……観たらハマってしまいそうです。

青沼詩郎

参考Wikipedia>渥美清

参考Wikipedia>男はつらいよ>主題歌

参考歌詞サイト 歌ネット>男はつらいよ

『男はつらいよ』を収録した『渥美清 ザ・ベスト(啖呵売入り)』(2019)

ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『男はつらいよ(渥美清の曲)ウクレレ弾き語りとハーモニカ』)