最後のメリークリスマス くるり 曲の名義、発表の概要

作詞・作曲:岸田繁。くるりのシングル(2013)。エンディングが短めのアルバムバージョンを『THE PIER』(2014)に収録。ベストアルバム『くるりの20回転』(2016)にシングルサイズを収録。

くるり 最後のメリークリスマスを聴く

ちゃかちゃかとしたアコギのリズミカルなストロークに厚みがあります。左にクリーンクランチのアンプサウンドがきこえて、右にちゃきっとしたアコギの生音が強く感じられる気がします。ギターのベーシックからして懐の深いサウンドです。

ふわふわと冷たい空気のあいだを満たす粒子みたいなやわらかいボーカルがまた耳にやさしい。複数のトラックのボーカルのレイヤーも見事にあらゆる生活者の労をねぎらい恒常のなかの特別な日・経過点を祝福する美しさと寛容さです。

ほか、器楽トラックの数も厚く豊かです。トランペットとマリンバの間奏のユニゾンがお見事。ジャバラ系の鍵盤ものの複音リードが伸びやかに線を描けばたちまちごきげんな私はゲンキン者か。シンセ系の音色もオルガンのトーンも私の心の譜げたをなびかせます。

打楽器は鈴、タンバリンが目立ちます。ハイハットも小太鼓も大太鼓も……そう、いわゆるドラムセットでなく、クラシックや吹奏楽の打楽器パート(チーム、一帯)の様相です。ひとつひとつの楽器を、たとえ小物であっても両手両足ひいては全身を稼働して演奏する情報量とニュアンスの解像度はやはり一人の人間がドラムキットを一回で演奏するのとは格別な厚遇です。リズムは点じゃない。流れのなのです。添え物なんかじゃなく、一打に、一瞬に全霊が乗るジョブでありワークなのです。

耳に福ごこちのやわらかい音像の要因を大きく占めるのはアコースティックベースでしょう。ボインと深みのある音で人を、街を抱きます。くるりという音楽チーム自体がひとつの街のよう。その心臓たるベースです。

A♭キーと解釈しますがエンディングでスゥっと自然に下属調のD♭キーに行っていると思うのです。D♭キーのⅣすなわちG♭のコードに接続する瞬間はA♭調でⅦ♭コードに進行したような趣もあるのですがそのままD♭の第2転回形(D♭/A♭)に進行し、どうやら世界線がシームレスにD♭に移ったと解釈するのが私はしっくりきます。

圧巻の「第九」すなわちベートーヴェンの歓喜の歌の引用がはじまります。ベートーヴェン先生ご本家は「第九」四楽章クライマックスのところで、ニ長調(Dメージャー)でこの歓喜のモチーフをつかいます。くるりの最後のメリークリスマスではこの部分はD♭調です(と、私は解釈)。弦ものを半音下げチューニングにする感覚といいますか、基本的にはベートーヴェンのモチーフを調性ごと尊重してそのまま招き入れたような自然さがありますが、コードは大胆に変えています。リハーモナイズド。この浮遊感が良い。

くるり印といいますか、分数コード的なものを盛大に取り回しますし、声部のひとつが半音進行していくクリシェ的な動きも目立ちます。そうした和声の動きが展開の主要成分であるといっていいほどに雄弁なのがくるりレパートリーの複数に通ずる腹の底の色味かもしれません。

雪ぐもの、覆うもの

いつまで経っても雪が止まない この街のラプソディ

通り過ぎる人の波にのまれて 家路を急ぐよ

商店街の幟くぐり抜け お屋敷ではメリークリスマス

どことなく灯りが消えたまんまの 僕の心は

春になれば この街とさよなら

merry christmas for you & happy new year

『最後のメリークリスマス』より、作詞:岸田繁

雪はなんの象徴でしょう。困難のもと。逆境。やっかい。課題や問題。非情な自然現象。私の今この瞬間の足並みをはばむどのような巡り合わせとも、私はおりあって、闘うとか距離をおくとかして、意思をもって行動を選び、未来を計画して動いていかなければならないのです。

自律の厳しさ、自己実現にともなう哀愁、ブルースの投影が、雪でありラプソディなのだと私は重ねてみるのです。

ラプソディ狂詩曲と訳すでしょう。雑多なものを包含し、混沌のなかに希望を見出す音楽形式のひとつかもしれませんね。

お屋敷ではメリークリスマス。にぎやかさ、華やかさは私の心と距離のあるところで芽吹くものです。

私ばかりがご哀愁なのか? そんな思い込みはきっと私の自己憐憫のたまものです。私の姿をみた誰かもまた、「あの人(つまり私)は楽しそうに幸せそうにしていていいなぁ」と心の視線を刺しているかもしれないのです。

他人の幸せと自己のそれの間には、距離がある気がします。であらば他人もまた、私の幸せを己とは距離があるものと思っているかもしれないのです。

では私と他者は幸せにまじわることができないのか? いいえ。それを可能にしてくれる、俗世的で特別な刹那の魔法が、クリスマス新年……merry christmas for you & happy new yearなのです。

接点こそが、幸せの共有の入り口なのですから。「今日はいい天気ですね」の上位バージョンみたいなものかもしれません。一年間の終わりと始まり付近にまたがる、だいたい1週間くらいの期間限定のマジカルウィーク。限定だけど、毎年勤勉にやってくるものですからある種の普遍でもあります。

稀少かつ普遍な時候を映す大衆歌の新決定版にくるりが挑んだ意欲作こそが『最後のメリークリスマス』。音楽の豊かな内容と、交雑した光と影の織り合いが提示する問いに私も自律の闘いで応えましょう、折角もらった素敵なバトンです。

“最後の”という曲名の冠が初見で気になります。春になればこの街を出る計画の主人公その人が、クリスマスをこの街で過ごすのはひとまず今年が最後になる、というのがストレートな解釈でしょう。

あるいは、すべてのクリスマスは一度きりのかけがけのないものなのですから、毎年が最後のメリークリスマスでもあります。はんこを押したように同じ様相のプリンティングがなされるほど、人や街や宇宙の暮らしのうごめきは単純なものではないのです。

恒常的にものごとが続くのって、それだけでもすごい体力と意思のたまものだよなとしみじみ思うのです。昨日並みのことを今日もがんばれるのってすごくないか? 私を、あなたを労いましょうよ、この刹那のマジカルウィークくらいは。

一年のツケ(?)を一気に飲まされ、私は酔っているのか……年末も、くるり聴いて乗り切ります。

青沼詩郎

参考Wikipedia>THE PIER

参考歌詞サイト 歌ネット>最後のメリークリスマス

くるり 公式サイトへのリンク

note>くるり初のクリスマス・ソングーー “最後のメリークリスマス”にこっそりと隠された10のプレゼント(2013年オフィシャルインタビュー・ライナー再掲載)

田中宗一郎さんによるライナーノーツ。楽曲の分析的なこと。細部の意匠やパーツ、音色ひとつに読み取れること。楽曲の人格や生い立ちのことなど、あらゆる角度から曲をみつめ、くるりの対峙する態度をみつめる長文です。

くるりのシングル『最後のメリークリスマス』(2013)

シングルサイズの『最後のメリークリスマス』を収録した『くるりの20回転』(2016)

アルバムエディット版の『最後のメリークリスマス』を収録したくるりのアルバム『THE PIER』(2014)

ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『最後のメリークリスマス(くるりの曲)ギター弾き語りとハーモニカ』)