さくら(独唱)を聴く
森山直太朗さんの独特の歌唱を爆発的に一般に浸透させた、ヒットソングの名にふさわしい作品だと思います。“さくら”と日本人が大好きなモチーフを主題にしており、卒業シーズンに好まれる要素のど真ん中を行く内容の歌。
言ってはみたものの、”さくら”(ソメイヨシノ)を日本人が大好きかなんて、私には実際わかりません。みんな、なんとなくきれいだねとか言い合って口にしているだけでは、とひねくれた私はめんどくさい輩です。
街の風景に目に見える明らかな変化を、季節(年)ごとに呈する事物が“さくら”でしょうから、私の心に根を下ろす風景の一部であるのは全肯定するところです。とまぁ、主題たるモチーフがいかにおあつらえむきであるかはこれくらいにして……
森山直太朗さんの歌唱の独特さ。ファルセットっぽい繊細な響きと、地声の豊かでファットでエッジのある響きの間を縦横無尽するところは母親の森山良子さんの歌唱を思い出します。特に高域の、どこまでも伸びる生乾きのボンドか、加熱したスレッドチーズみたいな伸びがほんとうに良く似ています。
森山良子さんの、デビューして早い時期のことを同時代で知らない私はなんともいえませんが、どっちが偉大とか親の七光だとかいう必要もない、お互い尊敬してよしのそれぞれに個性的で偉大な歌手であると思いますし、ご本人たち同士もきっと実際に尊敬しあっていることであろうと想像します。
『さくら(独唱)』はピンスポットが降りた響きのあるホールのステージにピアニストと森山さんだけがいる様子を想像させるサウンドになっています。
AメロやBメロでは子音、特にサシスセソなどの歯擦音が遠くまで長く飛んでいく残響感を覚えます。これがサビになると、声の重心がある帯域が非常にリッチでふくよかな残響になる印象です。
具体的な録音方法はどうなのでしょう。実際に残響の多いホールで、ピアニストの演奏とボーカルの同時収録、イッパツ録音なのでしょうか。前途のとおり、残響(リバーブ)づけの豊かな印象の変化をみると、歌の展開に合わせてミキシングのときに細やかに使い分けたのではないかとも思うのですがわかりません。ピアノとボーカルの距離感や前後感、漂う空間を思わせる非常に心地よい録音作品です。
ピアノの伴奏はベースでこまかく16分(シックスティーン)のひっかけるニュアンスを出していてグルーヴィです。斎藤有太さんの演奏であるといいますから、奥田民生さんのライブに帯同するなどの実績ある、私の好むアーティストの近くにいる敏腕であるのを思います。またそのピアノとグルーヴ感を高めあうボーカルのリズムとアクセントに富んだ森山さんのいきいきとした歌唱にも目を見張ります。Bメロでサビに向かって、ちょっとひゅっと手綱をゆるめるように歌唱のメリハリにニュアンスを与えるところとか好きです。ドッペルドミナントの響きでドラマチックに高揚感を演出しサビ頭のトニックのカタルシス感、カノン進行風の和声パターンで“さくら さくら”。もうばっちり。広く世に浸透した事実が私の駄文よりはるかに雄弁にこの楽曲のポテンシャルを物語るでしょう。
青沼詩郎
森山直太朗のシングル『さくら』(2003)
『さくら(独唱)』を収録した森山直太朗の『大傑作撰』(2016)
『さくら』を初めて収録した作品『乾いた唄は魚の餌にちょうどいい』(2002)
ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『さくら(森山直太朗の曲)ピアノ弾き語り』)